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ほぼ毎日更新の雑感「ウエイ」

 

山本一力
ichiriki yamamoto

ワシントンハイツの旋風

一元謙吾は高知で生まれた。母と妹との貧しい三人暮らし。いよいよ暮らしに困って母が妹と高知を出て東京に引っ越した。友人らと別れるのが辛かった謙吾は一人高知に残り篤志家の家に居候した。しかし中学卒業を前に自分も母たちの暮らす東京へ行く決心をする。新聞配達をしながら生活費と学費を稼ぎ謙吾は高校を卒業した。若き著者の姿と重なる昭和が輝いていた時代の物語だ

(2022.5.28)講談社文庫695200611

人情屋横丁

小冊子や新聞に掲載した著者のエッセイを集めた一言集(2022.6.24)角川春樹事務所533201110

端午のとうふ

文芸評論家の末國善己さんが選んだ著者の短編集(2022.6.22)朝日文庫76020224

紅けむり

有田皿山の薪炭屋の若い店主、健太郎は公儀隠密から探索への協力を求められた。有田から黒色火薬が密かに江戸へ送られるという情報をもとに犯人を追い詰め、有田と江戸の両方で一味を始末するというものだった。黒色火薬はご禁制の品だった。もしも露見すれば、有田焼を守り育ててきた鍋島藩が危機に立つかもしれないと判じた健太郎は探索への協力に応じた

(2022.6.8)双葉文庫77820177

くじら日和

「あかね空」で直木賞を受賞した著者が、その後に初めて週刊文春に4年間連載した随筆をまとめた作品

(2022.4.26)文春文庫51420114

おらんくの池

週刊文春に1年半にわたって掲載されたエッセイ集。(2022.5.5)文春文庫543200811

味憶めぐり

山本一力さんが子どもの頃から現在までの足跡をたどりながら、そのつど味の記憶をとどめている飲食店を網羅した作品。(2022.4.21)文春文庫533201212

竜馬奔る

少年篇

天保6(1835)111日。土佐藩城下、上町本町、土佐藩郷士の坂本八平の妻、幸は38歳でお産を目前にしていた。一男三女を産んでいた幸は、次男を欲する八平のために高齢の出産に命をかけた。その願いが天に通じて、幸は一貫もある、大きな男児を産んだ。龍馬と名付けられた。龍馬は父母や、親戚の期待を受けて真っ直ぐに育ってゆく。11歳になり、父から室戸岬の鯨組での修行を命じられた。龍馬からやや遅れて在所の大庄屋、中岡家でも待望の男児が生まれた。成長して慎太郎と名付けられた。二人が過ごした少年時代、土佐の暮らしを丹念に描く

(2022.4.10)ハルキ文庫60020158

竜馬奔る

土佐の勇

成長した龍馬は河田小龍を師として物事の多くを学びながら作事方の補助をしていた。そんな時、長崎から大きな報せが届いた。かつて、土佐の漁師が漁に出たまま戻らないことがあった。頭元の徳右衛門は漁師たちが生きて戻ることを信じて毎日祈り続けた。いくつもの年数を超えて3人の漁師が琉球に戻り、長崎に送られたという。公儀は鎖国政策を盾にして、外国に出た日本人も日本に戻ることを禁じていた。土佐藩主は大きく憤り、長崎まで役人を派遣して土佐まで連れ戻した。小龍は藩命で中浜の万次郎からアメリカでの暮らしを聞き取った。しかし、藩の中枢はそれらの情報を外部に漏らすことを許さず、3人を事実上幽閉し続けた。海を閉ざす幕府や藩の政策は誤っていると感じた龍馬は江戸に出ることを決意する

(2022.4.16)ハルキ文庫60020186

くじら組

土佐の室戸岬には捕鯨を糧にするくじら組があった。津呂組と浮津組。ともに11月から3月までの漁期に沖合を泳ぐ鯨を捕獲して土佐に大きな恵みをもたらしていた。山見は高台に詰めて水平線を見つめ続けて鯨の潮吹きを発見するのが役目だった。ある日、水平線をゆく見たことのない船を発見した。すかさず描写した山見頭の禅太郎。それは数年前に漂流ののちに土佐に帰り着いた中浜万次郎が語り、絵師が描写したアメリカの黒船だった。土佐藩は直ちに伝書鳩を使って江戸に事態を伝えた。土佐藩江戸屋敷では直ちに公儀大目付けに事態を報告した。土佐藩の二心無い動きを大目付けは敬った。公儀に事実を伝える途中でマッコウクジラの黒船に遭遇して落命した漁師の仇を討つことも認められた。そのマッコウクジラ、黒船が体調を崩して浅瀬に乗り上げた。漁師たちは弱ったクジラを襲わずに皆で協力して海に戻した。アメリカのサスケハナ号が江戸湾で空砲を鳴らして幕府を威嚇した。大目付けはクジラ組を浦賀に呼び寄せた。勢子舟で浦賀へ向かったくじら組は途中で難破しそうになった。その時、命を助けたマッコウクジラの黒船が現れ勢子舟を浦賀まで牽引してくれた(2022.1.17)文春文庫 629円 20127

晩秋の陰画

高倉俊介のもとに宅配便が届いた。送り主に心当たりはなかった。用心して開けると中から使い古した日記が出てきた。それは俊介の叔父、高倉尚平。グラフィックデザイナーの大御所だ。その日記にはふだん俊介が見たことのない苦悩がつづられていた

2021.12.2)祥伝社文庫 20199月 700

いっぽん桜

深川門前仲町の口入屋「井筒屋」の主人、井筒屋重右衛門が番頭の長兵衛に自らの引退を申し渡した。井筒屋を江戸で名立たる口入屋に押し上げたのは長兵衛の力によるところが大きかった。重右衛門はそのことに礼を告げ、自らの引退とともに若旦那の仙太郎に店を譲ることを告げた。てっきり仙太郎を盛り立ててほしいと頼まれると思っていた長兵衛。重右衛門は、長兵衛にもここで身を引いて若い者に店を任せる思案を告げた。これまでの自分に何ら問題のなかったがゆえに、なぜ自分も身を引くのか心がざらつく。かといって、主人の言葉に歯向かうことは許されなかった。(いっぽん桜)を始めとする4篇の短編集

2021.12.8)新潮文庫 200310月 550

八つ花ごよみ

妻と夫。長く暮らした夫婦の物語。高齢になり、妻か夫のどちらかが病に倒れた時、絆を深めながら寄り添う二人。優しさが相手への敬いとなり、若い頃からの日々を振り返る。どの話にも花が小さな役割を果たす。8篇の短編集(2021.11.18)新潮文庫 20095月 490

落語小説集芝浜

落語の芝浜をはじめとする複数の話を小説仕立てにした。登場人物に肉付けされた人格や性格、身分や立場。時代背景や場所の設定など、落語では語られないディテールを巧みに作り上げている(2021.11.30)小学館文庫 20191月 650

夢曳き船

深川の材木商が大商いの杉を江戸への運搬途中で嵐によって失った。たまたまそのことを知った壊し屋の伊豆晋平。主人の危機を救うために賭場の貸元、あやめの恒吉に顔繋ぎをする。熱田からの杉の買い付けを頼んだ。成功すれば四千両の儲け、遭難して杉を失えば四千両の損失。恒吉は晋平の策に乗った。熱田まで杉を買い付けに行ったのは代貸しの暁朗だった。杉の見立てもできない。船に乗ったこともない。ずぶの素人の暁朗が怯まず、恐れず、海の男たちと700本もの杉を江戸まで運ぶ弁財船が船出した

2021.11.13)徳間時代小説文庫 20217月 770

朝の霧

戦国時代。土佐を次々と侵略し掌中に治めた長宗我部元親。短気で嫉妬深い元親は領民からも慕われていた波川玄蕃を最初は優秀な武将として扱っていた。しかし、いつか自分が狙われるのではないかという気持ちが強くなり、無理難題を押し付ける。味方の城を助けに行く命令を出した元親は勝手に玄蕃が敵方と和睦をしたことを理由に切腹させてしまう。玄蕃に嫁いだ元親の妹、養甫は波川の家来たちとともに元親軍と戦う道を選ぶ(2021.11.5)文春文庫 20149月 500

早刷り岩次郎

大地震で彫師と刷り師の仕事場、妻子を奪われた岩次郎。気持ちを奮い立たせて新しい商いを模索した。そして誰もやったことのない日刊の早刷りを発行する商いを考えた。誰もが喜ぶ出来事や町の自慢、火付けなどの犯罪に関わる詳しい情報などを長屋の住人をターゲットにして売り出すことにした。情報を集める者、絵描き、記事を書く者、段組みを決める者、彫師、刷り師、売り屋、広目を集める者。それぞれの役目ごとに頭を決めて職人を育てた。釜田屋岩次郎の目論見は大成功し、毎日2000部が売り切れた。公儀御家人の依田が大店の吉羽屋を使って読売屋の乗っ取りを計画した。まがい物の分量を多く混ぜた金貨の正当性を偽って早刷りに載せようと企んだ。いち早く計画を察した岩次郎は商売敵の初田屋と手を組んで大きな賭けに出た

2021.11.10)朝日時代小説文庫 201110月 720

はぐれ牡丹

深川の八兵衛店に暮らす一乃。息子の幹太郎と野菜の棒手振をして稼いでいる。夫の鉄幹は近くの寺で長屋の子どもたちに読み書きを教えていた。一乃は両替商の一人娘だったが、鉄幹と出会い、勘当同然に家を飛び出した。長屋で貧しい暮らしをしながらも、まわりの人たちと助け合い、支えあいながらたくましく生きていた。そんなある日、農家に筍掘りの手伝いに行き、竹藪で小判を見つけた。こんなところに小判があるのはおかしいと判じた一乃は本家の助けを求めに、勘当した父に頭を下げた。ロシアの南下政策によって蝦夷地では松前藩が公儀に内密にした抜け荷によって莫大な利益を蓄えていた。内偵で情報をつかんだ公儀は松前藩を国替えして蝦夷地を直轄領にした(2021.10.28)角川文庫 20056月 571

かんじき飛脚

加賀藩の文書配送のみを引き受けてきた浅田屋。なかでも年に三度も鎌倉と江戸を往復する三度飛脚に密命が下された。江戸に暮らす藩主の内儀が病であることをつかんだ老中、松平定信は正月二日に藩主と内儀を招いた宴を催した。もしも病で内儀が来られなければ国替えや取り潰しの理由になる。内儀の病を治す薬は残りが少なく、加賀から取り寄せるしかなかった。浅田屋店主の伊兵衛は三度飛脚たちに密命を伝え、八名全員での走りを命じた。公儀はお庭番という暗殺集団を使って飛脚を狙う。それを覚悟しての往復任務だった。雪の追分けでお庭番と飛脚たちの壮烈な戦闘が待っていた(2021.11.3)新潮文庫 200610月 750

梅咲きぬ

深川の老舗料亭、江戸屋。女将は代々秀弥を名乗った。三代目秀弥を母に持つ玉枝は幼い頃から人としての躾を教わりながら育った。三代目は若くしてサバの味醂干しにあたったことがきっかけで衰弱して亡くなった。わずか15歳で江戸屋の女将になった四代目秀弥。踊りのおっしゃんの春雅と夫の福松に孫のように育てられた。店では仲居頭の市弥と板長の謙蔵によって、女将としての生き方を習った

2021.10.23)文春文庫 20079月 560

いかずち切り

騙り屋の天九郎。札差を相手にした大きな騙りを企てた。大阪の米会所を舞台にした公儀をバックにした大掛かりな下げ渡しの計画があるというものだった。欲の皮が厚い札差の和泉屋が他の札差よりも得を得ようとした。天九郎たちの狙いを超える五万両もの金を用意すると請け合った。札差肝煎りの伊勢屋から相談を受けた証文買いの稲妻屋の貸元、いかずちの弦蔵は手下の探りで騙りを見抜いた。和泉屋に急を知らせて間一髪のところで企てを防いだ。しかし、和泉屋は対談屋を使って稲妻屋の手下たちを爆死させようとした。全てが終わり、先の約定よりもはるかに少ない金しか和泉屋は払わなかった。最初から和泉屋を信用していなかった弦蔵は捕らえた天九郎たちに受け取った金をそっくり渡して、過ぎた喉元の熱さを思い出させるような新たな騙りを企てたろと命じた

2021.10.17)文春文庫 20129月 752

大川わたり

山本一力が最初に書いた時代小説。大工の銀次は稼いだ金の多くを賭場につぎ込み借金まで抱えた。20両もの借金になった時、貸元の猪之吉親分から返済できるまで大川を渡るなと約束させられた。代貸しの新三郎は猪之吉の甘さが気に食わなかった。大川を渡り呉服屋の千代屋で手代として働き始めた銀次を潰そうと考えた。千代屋で懸命に働く銀次。与之助は手代の仕事を主人に命じられていくつか銀次に引き継いだ。自分よりも周囲の受けが良い銀次を与之助は疎ましく思った。新三郎と与之助の黒い思いがあることをきっかけに重なった。千代屋全体を騙りにかける大きな企てが動き始めた(2021.10.12)祥伝社文庫 20057月 590

まいない節

江戸時代、役のある武家には多くの賂が届いた。その賂を安く買い取り、巷に流す献残屋という職業があった。本郷の寺田屋は焼津が出の献残屋だった。極上の鰹節を焼津から買い取り利を乗せて商人や武家に売る。それを届けた先の武家から安く買い取る。差額が利益になった。寺田屋の手代、佐吉は商いの途中で店から出奔した小僧の与平を見つけた。船宿に引き込み事情を聞くと廻漕問屋の大田屋が深く関わっていたことを知る。大田屋は頻繁に日本近海に出没するロシア船に女を売り込む計画を立てていた。大田屋とロシア船との仲介をしたのが、寺田屋に賂を買い取らせてきた浦賀奉行所庶務頭の宅間だった。夜鷹を拐ってロシア人に売る計画が大田屋を中心に進められた。(2021.10.10PHP文庫 201611月 920

峠越え

新三郎は女衒だった。ある時しくじりを起こし頭から借りが返せなければ簀巻きにすると命を受けた。新たな女を探しに藤沢に来た時、ごろつきに襲われていた女を助ける。その日の夜に江の島の盆で壺を振る女。自分が助けた女だったことに気づく。その夜は女の技で新三郎は大きな勝ちを収めた。女はおりょう。おりょうの宿に滞在した新三郎は自分の置かれた境遇を打ち明かす。二人は思案して江の島弁財天を江戸で出開帳する算段を決める。江戸に戻って頭の土岐蔵に金を借りて出開帳の仕置きを進めた。初日と二日目に大きな野分に襲われ目算が大きく崩れた。土岐蔵に三日目以降の算段を突きつけられ団子と芝居をセットにした出開帳割引を新三郎は発案して大成功する。大きな利益によって女衒から足を洗った新三郎は土岐蔵の勧めで江戸のてきやを仕切る四天王と出会う。四天王は新三郎とおりゅうの縁起にあやかり久能山までの先達を頼む。道中にはいくたびも予定外の出来事が待ち受けていた。しかしその一つ一つを四天王と土岐蔵は新三郎とおりゅうを試しながら育て、かけがえのない人々との出会いへと開花させていく

2021.9.23PHP文庫 20084月 724

べんけい飛脚

江戸の飛脚問屋浅田屋は長く加賀藩前田家の御用飛脚を担ってきた。外様大名の力を削ぎたい幕府は前田家も例外では無かった。前田家に二心が無いことを老中の松平定信にわかってもらえるように浅田屋の主人、伊兵衛は策を練っていた。それはかつての八代将軍吉宗と当時の前田家五代綱紀との深いつながりだった。互いに敬い合っていた事実を物語にして定信に献上すれば前田家への疑念が晴れるだろうと考えた。当時の文献を入手した伊兵衛は戯作者の雪之丞に託し、新たな物語の創作を依頼した。雪之丞は当時の様子をつぶさに調べて、綱紀が参勤交代で加賀の国へ帰る途上で起こった鉄砲隊の通行許可に関する話を主軸にした話を書き始めた(2021.10.5)新潮文庫 201410月 750

銭売り賽蔵

深川で銭売りの元締めを勤める賽蔵。孤児だった賽蔵は幼い時に銭売りの親方に拾われ商いを叩き込まれた。親方が贔屓にしていた飯屋のこしき。こしきの女将と親方は互いに思い合っていた。娘のおけいと賽蔵は子供の頃から親しく育ちあった。賽蔵は銭を卸す銭座の請人である中西からお上が金座を使って亀戸に新しい銭座を作るらしいと聞いた。お上の力で深川以上の銭を毎日鋳造するという。金貨、銀貨は庶民の暮らしには不要だった。銀を銭に両替して暮らしの費えに使う人たちのために賽蔵は働いてきた。にもかかわらずお上が銭の動きまで支配しようとし始めた。多くの知恵を集めた賽蔵の商い戦が始まる

2021.9.29)集英社文庫 200712月 667

ほうき星(下)

古稀の祝いを弟子たちと大川の花火で楽しむ最中に師匠の岡崎は息を引き取った。弟子たちはそれぞれの道に分かれた。祖母のこよりの実家があった土佐の高地をさちは訪ねた。江戸の見世物小屋で知り合った鯨組を訪ねて鯨漁を描いた。さちの滞在で多くの鯨が集まり町に富をもたらした。縁起の良さをさちに認めた頭元によってさちは多くの得難い経験を積む。山見小屋で海上に鯨の飛沫をいち早く見つける山見師の兄弟に断ち切ったうお金の幹太郎への思いを告げた。兄弟は江戸に戻ったら真っ先に幹太郎に会って愛しい気持ちを伝えろと諭した。別れ言葉を聞いてあっさり身を引いた幹太郎は今もこれからもさちのことを思っているに違いないと教えられた。江戸で大地震があったことを知り、長い高地滞在からさちは急いで江戸に戻ることにした。江戸に戻って幹太郎に自分の気持ちを正直に告げようと決めていた

2021.9.5)角川文庫 200812月 640

ほうき星(上)

絵師の黄泉と妻のさくら。深川の長屋で幸せに暮らしていた。さくらは産月が近づいていた。産婆に適度の運動を続けるように言われたことを守って夕食後に二人で長屋周辺を散歩するのを日課としていた。産婆が誓った予定日が近づいた日も散歩はやめなかった。夜空を見上げた黄泉は同じ方角にいつもとは違う星があることに気づいた。それはほうき星。古来より不吉の前兆とされていたほうき星。子どもの誕生と重なることに不安を覚えた。しかし産まれた女の子、さちは大きくて伸びやかな赤子だった。不運な海難事故で両親を亡くしたさちは多くの助けを得て黄泉の血を受けた絵心を育みながら、黄泉の師匠だった岡崎の元で修行に励んだ2021.8.31)角川文庫 200812月 640

道三堀のさくら

水売りの龍太郎。元締めの虎吉の元で深川のお得意様に水を売る水売りをしていた。雨の日も雪の日も水売りは人の暮らしと命を守る仕事だったので休まずに働き続けた。深川は埋立地だったので井戸からは塩水しか出ない。大川を水道が越えることはできず、人々は二日かと三日に一度は一荷の水を買った。龍太郎には互いに思いを寄せるおあきという娘がいた。蕎麦屋しのだの一人娘だった。季節や天候によって味に変化が出ない美味しい水作りを互いに思いつく。鰹節屋の遠州屋が美味しい水作りに手を貸して順調に話は進む。遠州屋主人から美味しい水作りを任された息子の団四郎。仕事を手伝ううちにおあきの気持ちは団四郎に移っていく。嫉妬に苦しむ龍太郎は水売りとしての己が何をしようとしていたのかを思い出す

2021.9.8)角川文庫 200512月 705

五二屋傳蔵

てきやの伊予吾朗のもとで代貸しまで勤めていた傳蔵。質屋の伊勢屋維助に次の当主を長く頼まれていた。その維助がフグに当たって死んだ。当主を拒んでいた傳蔵は、遺志を継いで質屋伊勢屋を継いだ。同じ頃、浦賀沖にペリーが黒船を率いて来訪した。将軍への謁見を求めたがまともな返事がいつまでも無かったことに腹を立て江戸湾の奥に帆船を進めて礼砲を21発放った。武家たちはその威力にすくみ上がり府内は騒然とした。伊勢屋の蔵に冥加金が眠ると信じていた盗賊の龍冴は捕り方たちが黒船騒ぎで浮足立つ間に押し込みを行う計画を立てていた

2021.8.22)朝日文庫 201510月 820

辰巳八景

元禄161703)年2月。佐賀町のろうそく問屋の主人、大洲屋茂助は近くにある三田の松平隠岐守の下屋敷に古くから高価な百匁ろうそくを納めてきた。前年の暮れに起こった赤穂浪士による吉良邸討ち入り。公儀に楯突いた浪士を一部の武士や庶民が義士として敬う風潮に不満を抱いていた。隠岐守の下屋敷には十人の浪士が預けられていた。ろうそくを納めに行った茂助は待ち時間に、人知れず縁側で庭を見つめ死に怯える16歳の主税を見た。そして公儀の御沙汰がいかに酷いかに思い至る(永代橋帰帆)。深川を中心とした8つの短編集

2021.8.29)朝日文庫 20214月 740

欅しぐれ

書道道場で偶然出会った太兵衛と猪之吉。太兵衛は佐賀町の履物問屋桔梗屋の主人。猪之吉は霊巌寺の賭場の貸元。出会うはずのない二人は互いを結びつける不思議な縁で月に一度の会食を楽しみにしていた。ある時、太兵衛の様子がおかしいことに気づいた猪之吉は配下を使って探りを入れた。そして桔梗屋が大きな騙りに遭おうとしている証を掴む。胃の病に死期を覚悟した太兵衛は桔梗屋の頭取番頭誠之助に店を任せることと後見人を猪之吉に頼むことを言い残した。桔梗屋の番頭以下、奉公人たちは猪之吉の人柄と行動力に触れながら強く信用していく。騙りの頭領、治作は三田の油問屋鎌倉屋の依頼を受けて桔梗屋の乗っ取りを企んでいた。渡世人の猪之吉が太兵衛となぜ強く結びついているのかが見抜けないまま誠之助を拐かす

2021.8.22)朝日文庫 20072月 600

背負い富士

清水の米問屋甲田屋に養子に入った長五郎は成長して浜松までの街道筋を縄張りにする博徒になった。無益な人殺しは決してしなかった。代わりに身内が危険にさらされた時は命をかけて守り通した。安政の大地震で江戸が壊滅的被害を受けたときには船を仕立てて多くの救援物資を運んだ。大政、森の石松らの活躍を子どもの時から次郎長と共に過ごした音吉の語りでつなぐ長編小説

2021.7.24)文春文庫 20092月 667

まとい大名

大川の東側、本所深川の鳶宿「大川亭」。かしらの徳太郎は火消しのかしらとして江戸中にその名を知らしめていた。息子の銑太郎は小さい時から父親の差配を見て育った。その徳太郎が地元の火事で自ら菜種油が燃え盛る蔵に命と引き換えに飛び込み殉死した。幼い銑太郎は後を継いでかしらになったら、他の人足に混ざって修行する毎日だった。そんな銑太郎が成長していく様子を描く長編小説。江戸の町がどれだけ火事に弱く、それを防ごうとした人たちが敬われていたかがよくわかる

2021.7.29)文春文庫 20101月 714

いすゞ鳴る

安政二年十月二日。大地震が江戸の町を襲った。前触れは何度もあった。深川の芳蔵店のおきねは不吉な前兆を感じ長屋の住人に災害への備えを説いた。しかし住人はおきねの声に耳を傾けず、大川を埋め尽くすほどに集まったボラをザルですくいカラスミ作りに没頭した。同じ長屋に住む朝太はおきねの言葉を信じて火の用心の見回りに協力した。人々が寝静まった真夜中に大地震が起こり、江戸の町は壊滅した。しかし芳蔵店は長屋が残り住人全員が無事だった。地震を予知したおきねとそれを助けた朝太。伊勢講の御師である行徳は夢で朝太の存在を知り後継者に指名することを決意した

2021.8.4)文春文庫 20111月 714

晋平の矢立

深川で蔵の壊しを生業とする伊豆晋の頭、晋平。火事が多かった江戸では焼けた蔵や壊れかけた蔵を取り壊し、整地する仕事が求められていた。享保2年の夏、尾張町一帯を焼き尽くす火事が発生した。町の肝煎り5人衆が大川を渡り、晋平に蔵の取り壊しを依頼に来た。取り壊した蔵から出てきた道具に接するうちに晋平は小道具の価値に気づき、少しずつ収集もしていた。奉行所の定町廻り同心らが賭場で抱えた大きな借金を返済する悪巧みとして晋平らが更地にした蔵の跡地に目をつけた

2021.6.20)徳間時代小説文庫 20216月 660

菜種晴れ

房総の勝山で菜花を育てる農家に生まれた二三は末っ子だった。菜花を納める江戸の油問屋「勝山屋」では若い主夫婦に跡継ぎがいなかった。遠縁にあたる二三の実家に養子の申し出があり、二三は大店のお嬢様として育てられた。15歳で元服を終えた頃、深川で大火があり勝山屋は焼失。両親も犠牲になった。房総から母を呼び出し、小さな天ぷら屋「かつやま」を始めようとした矢先、再び火事で店と母を失った。砂村の農家に世話になった二三はそこで菜花を育てることに再起をかけた

2021.6.4)小学館 20124月 900

ずんずん

纏ミルク浜町店。明慈牛乳を宅配する。長年商品管理をして定年を迎えた田代は、人の口に入るものを責任を持って毎日送り届ける牛乳宅配の仕事に魅せられ再就職をした。今では若い店長の亮介から多くを信頼されるほどに仕事に精通していた。2014年の年明け、毎年配達箱に絵手紙を入れてくれる湯川かおるの絵手紙を箱に見つけた。次の配達の時に異変を感じた。必ず瓶を洗って戻すかおる。そこには何も入っていなかった。一人暮らしのかおるに何かがあったのではないか。田代は亮介に報告。亮介は父でもある纏ミルク本店社長に連絡。緊急連絡カードを通じて離れて暮らす長女に連絡。かおるの住む町内会会長とともに異変を感じた湯川宅を訪れた。するとそこにはかおるが廊下に倒れていた

2021.5.21)中公文庫 20209月 800

サンライズ・サンセット

同時多発テロ後のアメリカ。マンハッタン、ブルックリンなどを中心とした街に住む人たちの人間模様を短編形式で描く(2021.5.27)双葉文庫 201912月 630

カズサビーチ

アメリカのペリー提督がサスケハナ号で浦賀沖に来訪したのは1853年。その8年も前に浦賀に寄港したアメリカの捕鯨船があった。パーク船長が乗るマンハッタン号だ。マンハッタン号は日本海での捕鯨をするために大西洋のサグハーパーから出港し南米最先端をまわり、太平洋を横切り、ジャパングランドを目指していた。途中、地図にない島(鳥島)で助けを求める船乗り11人を救助した。その翌日には沈没しかけていた荷船から船乗り11人を救助した。合計22人もの日本人を乗せて、上総沖に接近。日本人を2人降ろして事情を説明させた。幕府ではそれ以前に起こったモリソン号事件で非人道的な対応をしたことを反省し、マンハッタン号に浦賀へ向かうように指示を出す。言葉の通じない捕鯨船乗務員と救助した日本人たちとの身振り手振りイラストを交えた気持ちのやり取りから、ひとの心のつながりが生まれた

(2021.4.17)新潮文庫 201910月 630

桑港特急

父島で育った丈二と子音の兄弟は補給で立ち寄った捕鯨船に乗りサンフランシスコに渡る。大西洋のクジラを取りつくした捕鯨船は太平洋でも多くのクジラを捕獲していた。その時期に西海岸で砂金が発見され、捕鯨船乗りが船を捨て砂金取りに向かうゴールドラッシュが起こった

2021.2.11)文春文庫 20185月 950

おたふく

寛政元年17899月から寛政217905月までの江戸深川を中心とした庶民の暮らしを描いた話。高級物産を扱う特撰堂次男の裕次郎は兄の太兵衛を敬いながら500両の支度金を得て小さな弁当屋を始めた。普請仕事の職人に安くて旨い弁当を届ける商いだ。田沼意次の賂政治が終焉し、松平定信の倹約政治が始まっていた。御家人が負っていた札差への借金を棒引きにする命令により金が動かなくなったのだ

2021.4.14)文春文庫 20134月 838

立夏の水菓子

たすけ鍼2

深川で鍼灸院を営む染谷は通りの向かいの医師である昭年とともに人の体が自分で病気を治す力を引き出して地元の力になっていた。長年の治療で腰の奥に負担をかけてきた昭年に芦之湯をすすめた染谷は妻の太郎と二人で迎える正月に寂しさを感じていた。「いつか言い出すと思っていた」という太郎とともに染谷は芦之湯へ向かった

2021.3.4)朝日文庫 201912月 740

長兵衛天眼帳

日本橋室町の村田屋は創業120年の老舗眼鏡屋だ。主人の長兵衛は代々伝わる8倍に見える天眼鏡を使って、これまで多くの事件を解決してきた。事件の相談を持ってくるのは地元の目明かしの新造だった。隣町で人が殺された。地元の目明かしの巳之吉は住民に悪評判の男だった。十手をかざして住民を無理やり従わせていた。その巳之吉が捕らえたおさちという若い女は殺しをしていないと新造は断じた。しかし、巳之吉の縄張りで起こったことに自分が口を挟めない。そこで長兵衛に相談に訪れた

2021.2.28)角川文庫 202012月 820

損料屋喜八郎始末控え4
牛天神

深川の火除け地にお上の意向で安売り市場が出来ようとしていた。地元の質屋の小島屋主人が安売り市場を仕掛けている黒幕に気づき喜八郎に相談をした。妻籠屋は安売りで地元の小売店を潰して商いを伸ばしてきた。それを見通した喜八郎らは深川の住民に市場への立ち入りを禁止して地元の店でこれまで通りの暮らしを立てるように触を回した。計画は成功したが妻籠屋主人の鬼右衛門は復讐策を企んだ

2021.2.16)文春文庫 202010月 680

ジョン・マン5 立志編

ジョン・マン5立志編

ファアヘブンからスコッチカットネックに引っ越したホイットフィールドファミリー。妻を迎えた船長を中心に一家の中で万次郎は上級海士を養成するバートレット・アカデミーに通うことになった。学校に慣れたころ、ホイットフィールドが新たな捕鯨船の船長を引き受け、船出をした。それにあわせて万次郎は樽職人のハシーの伊江に住み込みながらアカデミーに通うことにした。まずい食事とケチな主に辟易しながら、ともに住み込みのブラジル人のカルロスと心を通わせて行く

(2020.10.8) 講談社文庫 20197 620

ジョン・マン4 青雲編

ニューベッドフォードに帰港したジョン・ハラウンド号。万次郎は船長のホイットフィールドの家で息子として育てられることになった。近所のストーン小学校に入学し、多くの友人をえた。差別主義者の牧師を嫌った船長は遠くの教会に万次郎を連れて行った。小学校を卒業した万次郎は、上級海士になるために、パートレットアカデミーを受験した。船長と妻に受験勉強を教わった。その成果が実って、受験者の中で3番の好成績で合格した

(2020.10.7) 講談社文庫 20176 620

ジョン・マン3 望郷編

1841年ハワイのホノルル港に入ったジョン・ハラウンド号には、土佐の鯨取りの5人が乗っていた。難破して鳥島で助けを待っていた彼らをハラウンド号が助けたのだ。最年少の万次郎が他の4人の日本までの船賃を稼ぐためにそのままハラウンド号で鯨取りに加わることになった。元々、遠目のきく万次郎はハラウンド号で大きな役割を果たしていく。グアムでは網元から漁網の作り方を学んだ。ジャパンラウンドでは土佐の漁師たちが目の前で鯨漁をする場面に遭遇した。南氷洋では通訳のレイが船から落ちた時、鯨油を塗って極寒の海に飛び込みレイを救った。母校のニューベットフォードに戻ったハラウンド号。船長のホイットフィールドはジョン・マンを引き取り、地元の学校に通わせ、立派な士官に育てることにした

 (2020.6.21) 講談社文庫 20156 770

戌亥の追風

木更津の薪炭問屋、波切屋の一人娘、おきょうが単身で江戸に向かった。材木商の木柾に訳ありの材木を買い取ってもらう談判をするためだった。しかし、おきょうは中川船番所で留め置きされてしまう。迎えに行った仕入れ先の上総屋手代の仙之助は主人に事情を説明した。佃島の肝煎、五兵衛に相談した主人の徳四郎は船番所の同心が絡んでいることをつかみ与力への談判に乗り出すことにした (2020.5.14) 集英社文庫 201712 799

研ぎ師太吉

両親と研ぎの師匠を大水で失った太吉は長屋に住みながら真っすぐな気性のまま腕のいい研ぎを続けていた。ある日、太吉の長屋にかおりと名乗る若い女性が出刃庖丁を手に訪れた。殺された父親の出刃庖丁を研いで欲しいという。殺した相手が分かっているとかおりは言った。刃を見て使い方が分かる太吉は料理人としても一流だっただろうかおりの父親の肩身を研ぐことにした。そんなある日、自身番の十手持ちが太吉を訪ねた。かおりが人を殺したという (2020.4.16) 新潮文庫 201010 649


だいこん2・つばき

浅草から深川へ店を異動したつばき。そこでかつて父親を賭場へ連れて行き多額の借金を負わせた渡世人の伸助に再会した。伸助は深川で弐蔵と名を変えて親分に収まっていた。つばきの新店「だいこん」は地元の人たちに溶け込み、徐々に集客を増やしていく。そんなある日、大商店の木島屋から弁当100個の注文を受けた。 (2019.3.30) 光文社文庫 20179 724


だいこん1

江戸の浅草で一膳飯屋を営むつばき。幼いころから腕のいい大工職人の父、安治と気前のいい母、みのぶとの間で貧しいながらも人情の厚い生き方をしてきた。浅草かいわいが醸し出す人のつながりが一膳飯屋を大きく繁盛させていた。そんなつばきが少女になり、やがて女将として成長していく物語。 (2019.3.11) 光文社文庫 20081 914


ジョン・マン2 太洋編

アメリカを出発した捕鯨船ジョンハラウンド号は、ハワイから日本近海での操業を目指していた。すでに大西洋では乱獲によって鯨の数が激減していた。まだ鯨がたくさんいる太平洋を狙っていたのだ。鳥島に近づいたとき、ハラウンド号は遭難した万次郎らを発見し救助した。 (2018.5.27) 講談社文庫 201410 600


ジョン・マン1 波濤編

土佐藩中浜の万次郎は鰹漁師小屋でかしき(調理)の仕事をしていた。しかし、遠くを見る能力に優れていることを見抜いたクジラ取りの親方の目に留まり、親元を離れて宇佐浦で捕鯨組に入ることができた。遠くを見ていち早く鰹や鯨の存在に気づき、船を早く出すことは大漁を導いた。新造船の建造で最初の乗り組みをした万次郎は、黒潮近くで大嵐に遭い、操縦不能の船に乗ったまま鳥島にたどり着く。そこにアメリカの捕鯨船が近づき、万次郎たちを救出した。 (2018.4.21) 講談社文庫 201410 600


深川黄表紙掛取り帖2・牡丹酒

夏バテ予防の薬を売り歩く定斎屋の蔵秀。その父親の雄之助は切り出す木の目利きである山師だった。土佐へ目利きに訪れた雄之助は、そこで偶然にも地元の酒、司牡丹を口にした。その端麗にして辛さが広がる媚びない味わいに惚れてしまう。何とかしてこれを江戸で売り出せないものか。土産として持ち帰った鰹の塩辛とともに、蔵秀らにことを相談する。蔵秀たちは紀文へ話を通す。紀文は柳沢吉保へ味見を願った。それまでの土佐の見方を変えねばならぬと判断するほど、司牡丹も鰹の塩辛も柳沢を満足させるものだった。吉保は塩辛を酒盗と名付けるほどだった。具体的な段取りをつけるために、蔵秀、雅乃、宗佑、辰次郎の4人は土佐へ向かった。現地で多くの人たちと出会い、宗佑が設えた飾り行灯が評判になった。さらに宗佑は金太という少年と親しくなった。金太の父親は金太と母のひなを残して江戸に出た切り、戻ってこないという。 (2018.4.5) 講談社文庫 200910 724


深川黄表紙掛取り帖1

深川。一年のうち3ヶ月しか商売のない定齋屋(じょうさいや)の蔵秀は、そのほかの期間を厄介ごとの解決を生業にしていた。彼のもとには男装の絵師である雅乃、絵草紙本作家を目指す辰次郎、飾り行灯師の宗佑が集まる。「端午の豆腐」「水晴れの渡し」「夏負け大尽」「あとの祭り」「そして、さくら湯」の五編からなる。 (2018.3.26) 講談社文庫 200511 629


銀しゃり

深川の寿司職人、新吉を中心とした粋のいい人たちの物語。寛政年間に深川で「三ツ木鮨」を開店した新吉は親方の言いつけを守りながら、柿鮨を考案し、人気の鮨店としてにぎわっている。そこには旗本の御用掛を勤める小西秋之助との出会いがあった。秋之助に鮨酢に柿の皮を使うと味わいが出ることを教えられた新吉が工夫を凝らした柿鮨がヒットしたのだ。毎朝、魚河岸で魚を仕入れてくれる親友の順平と妹のおけい。深川の人情があふれた作品だ。 (2017.8.12) 小学館文庫 20097 714


深川駕籠(3)花明かり

深川大横川の桜が満開になった。木兵衛長屋では毎年、何をおいても一堂で集まり、桜見物をすることが決まりだった。なのに、新太郎と尚平の二人は朝から駕籠を担いで坂本村まで出向いていた。事情を知らない木兵衛はふたりを長屋から追い出すと怒り狂う。新太郎たちは、足が不自由で体の自由が利かない老婆を深川の桜見物に連れてくるために向かっていたのだ。木兵衛の誤解を解いたふたりは長屋の面々とのんびり桜見物を楽しむ。そこに何かと新太郎たちに挑んでくる同じ駕籠かきの寅が、千住の主を連れて嫌がらせに来た。新太郎と寅は駆け比べをすることになり、千住の主は口から出まかせに一万両の掛け金を提案した。木兵衛が間を取り持って、相手をコケ落とすために口にした一万両の賭けが行われようとしていた。 (2017.4.20) 祥伝社文庫 20152 740


まねき通り十二景

江戸中期。深川は冬木町にあるまねき通りの長屋の物語。十二軒の家並に十二通りの物語がちりばめられた。庶民の暮らしの中に、粋と我慢を胸に生きるひとびとのすがすがしさがまぶしい。 (2017.3.21) 中公文庫 201212 571


蒼龍

深川で大工を続けている「おれ」が主人公。おれは昔から多くの借金を背負って生きてきた。あるとき、大店が商品の絵柄を公募で決めるという情報を得て、得意の絵筆で勝負をすることにした。見事、絵柄が選ばれれば、これまでの借金を一気に返済できるのだ。最初の年は、見事に最後の選り抜きまで残った。そこで玄人の作品に一等を持っていかれた。翌年は、贅沢な藍色をふんだんに使った絵を描いた。しかし2年とも、落選した。3年目は初心に戻って、大川の水面をゆく蒼い龍で勝負することにした。多額の借金を抱えながらも、おれを見捨てない妻や近所のひとたちのぬくもりをちりばめた物語。これは作者自身の経験をそのまま「おれ」に照らしたものだった。表題の「蒼龍」。このほかに「のぼりうなぎ」「節分かれ」「菜の花かんざし」「長い串」を収録。 (2017.3.8) 文春文庫 20054 552


深川駕籠(2)お神酒徳利

おゆきと尚平は互いに思いを寄せ合っていた。しかし、互いに新太郎のことを気にして、表立って付き合おうとはしなかった。その態度がいじましい新太郎は、何とか二人だけの時間をたくさん作ろうとするが、二人とも肌を触れ合おうともしなかった。そんなとき、おゆきが誘拐された。自分がおゆきを夜の闇に一人で帰したことが誘拐につながったと考えた尚平は、心底怒りをため込み、日々憔悴していった。新太郎とともに博徒の親分である恵比寿の芳三郎を訪ねた。二人に恩義のある芳三郎は、誘拐したのがかつて自分の組から追い出した弥之助がかかわっていると気づいた。すぐに手を打って、弥之助が大店のわがまま息子と手を組んでおゆきを誘拐したことを突き止めた。尚平の怒りが炸裂する。 (2017.2.21) 祥伝社文庫 20089 667


深川駕籠(1)

深川の駕籠かきである新太郎と尚平。ふたりとも互いをいたわりあいながら小さな長屋で暮らしていた。大家の木兵衛は二人の親代わりになって駕籠株を入手し、日々の暮らしに口を挟む。二人にとってはうるさい存在だが、在所に行けば、木兵衛を悪く言う者はなく、新太郎たちは目を丸くする。同じ長屋に住む飛脚と口論になったことがきっかけで、二人は早掛け競争をすることになった。そこに地元の世話人らが加わり、早掛けはさらに二人を加えた四人による勝ち札勝負となった。奉行所の許可を得ないで勝手なことをするなと乗り込んできた同心の大野を蹴散らした木兵衛。そのことを恨みにもった大野は下っぴきを使って早掛けを阻止しようと試みた。 (2017.2.5) 祥伝社文庫 20064 638


たまゆらに

青菜の目利きに長けている若い朋之は、仕事に行く途中で大きな財布を拾った。なかには50両もの大金と書付が入っていた。近くの自身小屋に行って事情を説明するが、金額が大きかったので、落とした者との証言の突合せが必要だと言われた。財布はかつて自分が生まれ育った鼈甲問屋だった。母親の静江は夫との間に女の朋乃しか産まなかったので、姑から嫌われ、挙句の果てに妾が男子を産むと、店を追い出されてしまった。静江と朋乃は2人だけで貧しいながらも質素な暮らしを続けていたのだ。自分たち親子を追い出した店へ行くのは気が進まなかった朋乃だが、下っぴきと店を訪ねると不思議なことに、そんな財布は見たこともないと若旦那が見栄を張る。 (2016.10.9) 文春文庫 20141 650


千両かんばん

飾り行灯職人の武一(ぶいち)。幼いときに両親を火事で亡くした。近所のひとたちの育てられていたときに親方の六造に引き取られた。六造は武一の腕のよさとひとのよさにひかれて、自分の紅花色の技を伝授するつもりでいた。しかし、六造は心臓の病でいきなり亡くなってしまった。六造の妻は自分よりも拾ってきたも同然の武一を猫かわいがりすることを妬んでいた。だから六造が亡くなった後、店の跡を弟弟子の裕三へ勝手に譲ってしまった。紅花の秘儀も裕三へ渡した。おまけに店から武一を追い出してしまった。武一は小さな長屋に引っ越して小さな飾り行灯作りを続けていた。そんなとき大店の「いさき」に裕三が設えた看板ができたと聞いて見学に行った。その看板には六造秘伝の紅花の技がふんだんに使ってあった。武一は裕三を誉める気持ちよりも、自分の哀れさに口惜しさをにじませて、落ち込んでゆく。しかし、「いさき」の看板はすぐ大火事で焼け落ちてしまった。そんなとき武一に乾物問屋の大木屋から看板の依頼があった。裕三に負けない看板を作る覚悟でいたのに、その看板が焼け落ちて、すっかりやる気をなくしてしまった。ただ、火事場に出張った火消し鳶の鮮やかな赤い紐に魅了され、紅花の赤とは違うその色に吸い込まれていった。自分が大木屋の看板を作るとき、あの赤を使いたいと心底から願った。やがて、あの赤色は「加賀あかね」という特別な赤だったことを知った。 (2016.5.10) 新潮文庫 20161 670


おれっちの「鬼平さん」

読了。(2015.2.28) 文春文庫 20105 590


損料屋喜八郎始末控え3
粗茶を一服

幕府は武家が負った多額の借金を棒引きにする棄捐令を発した。武家に多くの資金を提供していた札差たちは、棄捐令以降、追加の借金の申し立てをことごとく跳ね返して抵抗した。そのために、物の値段は高騰し、庶民の暮らしはますます苦しくなった。幕府は町民の救済策として、札差が抑えている多くの米を買い取ることにした。これは町民を守ると言いながら、じつは札差の抵抗をゆるめ、ふたたび金が回る社会を作り、武家が借金をしやすくする方策だった。札差の肝煎りたちは、どこがどれだけの米を売るかという配分をめぐってまとまりがつかなくなっていた。もっとも大棚の伊勢屋を追い落とそうとする動きを、喜八郎は察して、事情を調べ上げていく。蔵の米にかびが生えているというデマ、浅草の浪人たちを集めて店を襲おうとする計画、だれが黒幕で、だれが動いているのか、深川の町を喜八郎とその手下が走る。 (2014.11.8) 文春文庫 20118 505


損料屋喜八郎始末控え2
赤絵の桜

3件の騙りが物語を動かす。1件目は、米屋が騙される。ほぐし窯風呂屋を開設するという話に大金を投入した。しかし、喜八郎らが調べたところでは、風呂屋は表向きの商売だった。その裏では、壊れた有田焼を本物として売りぬく詐欺行為が行われていた。喜八郎は、経営者に乗り込み、米屋が出した金の回収を請け負った。2件目は、喜八郎と伊勢屋が何者かによって騙される。双方は騙された後に文を読む。それは札差を辞して、江戸市中所払いになった笠原屋の仕業だった。そして、江戸屋の座敷にほぐし窯を名乗る一団が宿泊の予定を立てた。30人ほどの一団は酒豪揃いで、江戸屋で乱暴な飲み方を始めた。女将の秀弥の危機に、喜八郎が血相を変えて乗り込んだ。すると、そこへ米屋と伊勢屋も登場した。ふたりの間の進まぬ関係に、4ヶ月をかけた騙りの計画が進行していたのだ。 (2014.12.2) 文春文庫 20086 505


損料屋喜八郎始末控え1

上司の不始末の責めを負って幕臣の職を辞した喜八郎は、庶民に季節に応じて必要な生活雑貨を貸し出す損料屋を営む。しかし、その実際は探索の配下を抱える探偵業だった。御家人たちが俸禄の米を担保にして札差たちから金を借りていた江戸時代。御家人のなかには翌年や2年後の米まで担保にして多くの借金を抱えていた者もいた。老中の松平はその借金をいっせいに棒引きにする棄捐令を発した。これにより武士たちの借金はチャラになったが、札差の多くは多くの利益をむしりとられた。その結果、新たに御家人たちが借金を申し込んでも、金を貸さない貸し渋りという手段で札差たちの抗議が始まった。札差のなかでとても大店だった伊勢屋を筆頭に、貸し渋りが横行していく。札差のなかで小さな米屋の先代に才を見出された喜八郎は、経済に才のない息子では米屋が立ち行かないことを見抜いていた先代から、店が傾いたときの始末を頼まれていた。 (2014.11.23) 文春文庫 20036 581


ほかげ橋夕景

深川山本町の堀にかかった五ノ橋。その西詰に常夜灯が灯されていた。その灯りが影を引き、橋に「火影(ほかげ)」を作った。大工の傳次郎は妻に先立たれてからひとり娘のおすみと暮らしていた。この橋をほかげ橋と名付けたのは、おすみの亡くなった母であるおきちだった。かつて両国橋西詰の料亭で働いていたおきちが傳次郎と出会い、ふたりでこの橋を渡りながらふと思いついて名付けたものだった。だから、五ノ橋のことをほかげ橋と言い換えているのは、亡くなったおきち、傳次郎とおすみの3人だけのはずだった。おすみは傳次郎の世話をしながら、あまたの婚姻話を断って、20才を越えていた。何とか娘に良縁があらんことを願った傳次郎は、自分の存在がおすみを引き留めていることに気づいた。そこで正月三が日に、大工の弟子を長屋に呼んだ。傳次郎が見込んだ弟子の浩太郎はおすみと大して年の差がなかった。ふたりはたちまちのうちに気持ちを通い合わせた。後日、浩太郎は改まって傳次郎に「おすみさんと所帯を構えるのを、ぜひにも許してくだせえ」と頼み込む。快諾した傳次郎だったが、ただ一つだけ条件を出した。所帯を持ったらここ深川を離れて暮らせというものだった。訝る浩太郎に傳次郎は聞かせる。娘は自分のことが心配で亭主を放って実家に通ってしまうかもしれないからだと。だから結納が済んでからの二ヶ月間、傳次郎はおすみとまともに口を聞こうとしなかった。傳次郎はふたりの祝言に反対なんだと誤解をしたおすみは、ほかげ橋西詰の熱燗屋台に顔を出し、親父の彦八に愚痴をこぼす。傳次郎と浩太郎の会話を耳にしていた彦八は、おすみの誤解をゆるゆると解いていく。そこに仕事帰りの傳次郎が戻って来た。 表題作のほかに「泣き笑い」「湯飲み千両」「言えねえずら」「不意峨朗」「藍染めの」「お燈まつり」「銀子三枚」を収めた短編集。(2014.6.20) 文春文庫 20139 600


あかね空

深川蛤町に宝暦121762)年のうだるような8月の残暑が残っていた。京都から江戸に出て単身で豆腐屋を開こうとしていた永吉は、新兵衛長屋に部屋を得て、細々と豆腐屋を開業する。しかし当時の江戸の豆腐は木綿ものばかり。永吉の絹ごしのやわらかい豆腐はなかなか客がつかなかった。店舗名は「京や」。若い永吉が同じ長屋に住むおふみと所帯を持ち、やがてふたりのこどもたちが成長し、京やがかれらのものになっていく。その過程で多くのひとたちが、深川の町で悲喜こもごもの人生を送っていた。二部構成で、一部と二部とでは微妙に同じ出来事のとらえが異なる、新しい手法が斬新だった。直木賞受賞作。 (2014.5.20) 文春文庫 20049 590


たすけ鍼

天保4年(1833年)518日。江戸は深川蛤町の鍼灸師である染谷(せんこく)は60歳を過ぎて髪はまだ黒々としていた。自分の気持ちが向かなければ決して治療をしない染谷だった。だから大商人や大名が金に糸目をつけても、そんなことでなびくことはなかった。反対に、町のひとたちが困って訪ねてきたときには、無料で診察を行った。鍼灸師の腕前は、とても高く、ひとのツボを読み当てて、痛みや苦しみを取り去ることを得意とした。そんな染谷をめぐる深川界隈のひとたちの日常のちょっとした出来事を淡々と描きながら、染谷の人柄がどんどん読者に迫ってくる物語だ。(2013.6.16) 朝日文庫 201010 580


いかだ満月

鼠小僧次郎吉は、悪徳商人や大名家から金銀を盗み出し、悪政に苦しむ貧しいひとたちにそれらを分け与えたと言われ、庶民から絶大な人気を誇っていた。しかし、ある晩、盗みに入ってつかまり、市中引き回しの上、磔という死罪に処せられた。本来は斬首の罪なのに、それよりも見せしめの意味合いが大きい磔になったのは、盗みに入られた武家のメンツを保つためだったと言われている。次郎吉の妻、おきちとこどもの大次郎は、次郎吉の仲間の祥吉のもとで質素ながら静かな暮らしを続けていた。祥吉は、新宮で次郎吉と出会い、ともに遊び、ともに語る若い頃からのつきあいだった。ふたりして賭場でできた借金を返せずに、盗みに入ったのが始まりだった。次郎吉がつかまったとき、祥吉はたまたまいっしょに行かなかった。次郎吉が処刑され、祥吉は遺言通りに残されたふたりを自分の店の奉公人として住まわせていた。祥吉は材木の目利きができるので、熊野杉を江戸でさばく商売を表の看板にしていたのだ。深川で一番の材木問屋である木柾から新宮屋の祥吉に大量の熊野杉の注文が入った。大川で多くの杉をいかだに組んで運び入れる川並衆の健治、大次郎とともに祥吉は新宮へ熊野杉を求める旅に出る。(2013.6.8) 角川文庫 20116 600