最新の読了
うつけ長屋の旗本大家3夫婦道中
井原忠政
幻冬舎650円2024年11月
プチン。ペチン。「あれは、なんだったのだろうか?」思わず口にしてしまい、大矢小太郎は慌てて周囲を見回した。50坪ほどの庭を挟んで6棟の貸家が並んでいるだけだ。人影はなく安堵した。陽の射す母屋の縁側、小太郎は足の爪を切っている。本日は天保14年の3月2日。新暦に直せば4月の1日だ。ポカポカ陽気が続き素足で過ごすことが多くなった分、足の爪の伸びが異様に速くなった。冬の間は足袋に頭を押さえられており、自在に伸展することがままならなかったのかも知れない。凍えた大地に抑圧されていた植物がこの時季、遠慮なしに芽吹き始めるのとどこか似ている。周囲に人の目こそなかったが、庭のつくばいの水を飲んでいた三毛猫が、上目遣いに小太郎を睨んだ
(2025.2.16)