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ほぼ毎日更新の雑感「ウエイ」
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岡本さとる
satoru Okamoto

取次屋栄三8

海より深し

ただ今読書準備中(2024.11.21)800円祥伝社文庫202411

取次屋栄三7

浮かぶ瀬

ただ今読書準備中(2024.11.21)680円祥伝社文庫20249

取次屋栄三6

妻恋日記

15坪ほどの小さな道場に勇ましい掛け声が響いている。真剣な眼差しで木太刀を振っているのは、襷、鉢巻き姿が勇ましい武家の女ばかりだ。本所石原町北にある旗本3000石、永井勘解由邸の奥向きに設えた武芸場だった。永井勘解由が奥向きの女たちもいざという時のために日ごろから武芸に親しむことが肝要ではないかと新たに造らせたのだ。この日の朝が稽古初め。月に2度、武芸の指南を託されたのは秋月栄三郎だった。栄三郎の気楽流は長刀、小太刀、鉄扇、棒など多岐にわたる武芸を含んでいるので奥向きに使える女たちには実践向きの武術と言えた。永井家用人、深尾又五郎、永井家剣術指南にして剣友の松田新兵衛らの尽力により実現した。栄三郎は門人が女ばかりなので気恥ずかしく、緊張することしかりだ

(2024.10.8)740円祥伝社文庫20247

八丁堀強妻物語5

押しかけ夫婦

神道一心流剣術師範、村井庫之助。半年ほど前に「ちと思うところあって、道場での稽古を取りやめたい」と弟子たちに通告し、出稽古も全て辞めてしまった。55歳の庫之助。思うところを誰にも打ち明けないまま、一人稽古を続けていたのだ。そんな庫之助の元に、一組の夫婦が押しかけてきた。上州高崎、松平家家中、芦田柳三カと妻のあき。柳三カは婿養子として芦田家に入った。番頭を務める家がらの婿として全く相応しくない柳三カに半年で剣術の基を教えて欲しいという。それが夫婦になる条件だったというのだ。学問をそれなりに修めている柳三カだったが、剣術の腕前はそれほどではなかったからだ。かつて上州で剣術を教えたことがあった庫之助の評判を元に、芦田家では庫之助のもとで修行を積むことを条件にしたのだ。嗜みとしての剣術が身につけば良いだろうと判断し庫之助は二人を道場に引き留め、教えを授けることを認めた。彼らの真の姿は、南町奉行所隠密廻同心の芦川柳之助と妻の千秋だった。南町奉行、筒井和泉守の命令によって、剣客村井庫之助に近づき、その動きを探るように押しかけ夫婦を装っていたのだ(2024.8.11)670円小学館文庫20246

取次屋栄三5

茶漬け一膳

京橋水谷町にある手習い道場。秋月栄三郎が道場主を務める。朝の五つから昼の八つまでが町の子どもたちのための手習い所、その後は栄三郎が師範を務める剣術道場になる。近所の物好きや手習い所の子どもたちの親を集め、日ごろの憂さ晴らし優先の剣術道場なので、束脩は安く、それがなければ米一握りでも大丈夫だった。もうすぐ手習い所が終わる時間になって、鼻息が荒い剣術稽古が待ち遠しくて早々とやってきた3人の大人がいた。無学の3人は栄三郎が子どもたちに語り聞かせるおとぎ話が面白くてすっかり引き込まれている。この3人はこんにゃく三兄弟。霊岸寺のこんにゃく島あたりでよたっていたところを白般若に扮した栄三郎によって懲らしめられた。それ以来、まっとうな仕事を与えられて生きる喜びを得た。恩人の栄三郎のもとに押しかけ門人になってしまった。やがて剣術道場の時間になる。「そういえば今日は安五郎さん、いつもの客人が来ているのですね」。家主の娘、お咲がつぶやく。門人の安五郎は月の初めと真ん中に道場を休む。決まって彼のもとを訪ねる若者のことを好ましく思っているのだ。この日ばかりは早めに仕事を切り上げ、酒と寿司を買って長屋で待つ。40を過ぎ腕の良い安五郎は独り身だった

(2024.6.26)760円祥伝社文庫20245

居酒屋お夏

春夏秋冬3

豆腐尽くし

文政71824)年の正月7日になっていた。七草がゆを食べた常連らが店を去った後のほっと一息をつける時間に、品川から牛頭の五郎蔵がお夏の居酒屋にやってきた。「料理と酒をほんの少し」。清次は一合の燗酒と薄味で煮た大根に鮭の酒びたしを出した。「これは、うまい」。舌鼓を打ちながら五郎蔵は体を温めた。この日はたまさか目黒不動のお参りに来たついでに店に寄ったと思われた。しかし、三日後にまた五郎蔵がふらりと居酒屋を訪れた。その後も同じことが続いた。お夏は高輪南町の料理屋「えのき」へ出かけた。主は榎の利三郎。五郎蔵が後を託せる侠客だった。料理の味見という理由にして利三郎から五郎蔵のことを聞いておきたかったからだ。予想通り、利三郎は五郎蔵が目黒を訪ねていることを知らなかった。気晴らしをしているのだろうと利三郎は言ったが、先日起こった気になることも教えてくれた。品川の旅籠で出している料理の献立を忘れてしまったことがあったという。料理通で食通の五郎蔵は旅籠「さくらや」の食膳だけは自分の目で確かめてきた。利三郎が前日の膳を確かめたところ、落ち着かない様子で「あれでよかったんじゃねえのか」と応じたのだという(2024.6.21)650円幻冬舎文庫20218

居酒屋お夏

春夏秋冬2

雪見酒

浅太郎は、へへへへと愛想笑いを浮かべて、お夏から折箱を受け取る。菜かには出来立ての炒り卵がある。浅太郎は病がちの母親のために10日に一度はこの炒り卵を求めに来る。二十歳の浅太郎は白金11丁目の裏長屋に住んでいた。近くの薬種問屋の丹波屋で働いていた。いつもおどおどしている浅太郎は、お夏の居酒屋の常連客からしたら薄気味悪い存在だ。しかし、彼をこき下ろしたら、お夏が許さない。だから、みんな黙って見ていた。奉公先の丹波屋は、目黒に古くからある大店だった。浅太郎の母親のおせきはかつて丹波屋に女中奉公していた。やがて薬を売って歩く定斎屋の男と所帯を持った持ち浅太郎を産んだ。亭主は浅太郎が十才にならないうちに病没。おせきは小さな甘酒屋を開いて浅太郎を育てた。浅太郎が15才の時に大病を患い店を閉めた。それ以来、丹波屋の先代が浅太郎を下働きとして雇ってくれたのだ。しくじりの多い浅太郎だったが、決まった仕事をコツコツと真面目にこなすことができた。その稼ぎで親子二人、細々と暮らせていた(2024.6.19)650円幻冬舎文庫20213

居酒屋お夏

春夏秋冬1

山くじら

髪を総髪にして荒縄で括り、皮の袖無し羽織に軽さんを身につけ、腰には無骨な拵えの大小を手挟む。山から下りてきた武芸者、天狗。髪にも口と顎を覆う髭にも白いものが交じる、60がらみの老武士。それが黒沢団蔵だった。町で男伊達を気取った者たちを相手に相撲をとって簡単に地に這わせた。「ちょいと先生、早速悪ふざけですかい」。そこに声をかけたのは居酒屋のお夏だった。団蔵はお夏の亡き父、相模屋長右衛門の武術における弟弟子だった。江戸に出た長右衛門と異なり、修行先の足柄山に残り、そのまま暮らし続けてきた。お夏は三月に一度ぐらいの手紙のやり取りを団蔵としていたのだ。その団蔵が「この身も老先短く、近々参上仕る」と文をよこしたのだ。到着予定の日に、きっと騒動を起こすことを予測していたお夏が目黒不動に迎えに行くと案の定、騒ぎが勃発していたのだ。あたかも天狗のような所作で、若者たちを手玉に取った。その身内がお夏だ。それだけで居酒屋の常連たちは店に行く理由ができた。お夏と清次は昼から店を閉めて、団蔵をゆっくり迎えていたのだが、日が翳る頃になると、店の外がうるさくなった。団蔵が扉を開くと大勢の常連客が集まっていた(2024.6.17)650円幻冬舎文庫20202

居酒屋お夏10

祝い酒

千住の市蔵を追い詰めたお夏らはあと一歩のところで反撃を受け、手傷を負った。そこに南町奉行所の同心、濱名茂十郎率いる捕り方が押し寄せ、市蔵一味を壊滅させるはずだった。しかし、市蔵たちは巧みに姿を消して逃亡した。南町奉行和泉守は市蔵一家を取り逃した茂十郎を責めて他のものを探索に当てた。居酒屋の者たちは奉行の怒りを知り、茂十郎を心配した。しかし、それは奉行が他の与力や同心の目を欺くための措置だった。謹慎を命じられた茂十郎は逆に自分の勝手で動き回る自由を得たのだ。手数が必要なときに奉行所の人数を使うわけにはいかなかった。そのため自分の岡っ引き、市蔵一家から引き抜いた伊佐次、惣蔵らを探索の仲間にした。お夏はその後の千住が気になり、単独で千住を訪ねた。相模屋にいた頃に女中をしていたおりんが切り盛りする宿屋を中心に千住の町を探索した。市蔵らの影は消えていたが、他の悪党たちが台頭しつつあった。その中に仲間割れをして子どもが殺されそうになった現場に居合わせてしまった。知らぬふりができなかったお夏は、子ども、福太郎を助け、悪人の息の根を止めた。江戸市中に潜む市蔵の耳に、その事件が伝わる。自分たちが襲われた時にもどこかで見たような女がいたことを覚えていた。どこの誰だか思い出すうちに、かつて無礼討ちにした女、お豊の娘だったことを思い出したのだ(2024.6.16)600円幻冬舎文庫201912

居酒屋お夏9

男の料理

日頃は苦みきった料理人の清次が、この頃、佐吉坊を見かけると相好を崩す。「こっちにきねえ」と呼び掛け、佐吉を抱えあげると歩き出す。「いつもすみません」と母親は頭を下げるが、その声はほのぼのとしていた。目黒権之助坂を下りた所の小さな仕舞屋に二人は暮らしていた。佐吉の母親はおみねという。二月前に清次は佐吉と出会った。買い物を済ませ、お夏の居酒屋に戻る途中だった。「ちくしょう」子どもの押し殺した声が聞こえた。太めの楠木が転がる横で子どもがうずくまっていた。木に登って遊ぶうちに枝が折れて落ちていた。地面に足を打ち付けた時に打ち所が悪かったのだろう。痛いと泣きわめかずに堪える姿が清次には面白かった。清次は佐吉を抱え家まで連れていく。町医者の吉野安頓を紹介して店に戻った。それ以来、町で佐吉は清次を見かけると寄ってきた。清次を信頼できる男と思っておみねは厚意をありがたく受け入れた。母子がこの町に来て二月あまり。わけあって旅に出た父親の帰りを待ちながら細々と暮らしていた。町の女たちが声をあげ始めた。お夏は清次にからむ。別れていた女房と子どもが戻ってきたと評判になっているという。そんなある日、居酒屋に二人で飯を食べに来たおみねと佐吉。思い詰めた表情のおみねが清次に言った。「うちの人が近々戻ってくるのです」(2024.6.13)600円幻冬舎文庫20192

居酒屋お夏8

兄弟飯

桜の花が舞う目黒行人坂。お夏の居酒屋に新たな常連客が生まれていた。お桂という婆さんだった。お桂が店にいると常連客たちは一様におとなしくなった。それは地元の者たちにうるさがられているからだ。しかし、お夏にはそんなことはどうでもいい。口入屋の親方、不動の龍五郎がお桂を見つける。すると、あれこれ声をかけたり、思い出話をしたりするので、お夏には放っておいても、お桂の身上がだいたい分かるという仕組みだ。お桂は、中目黒の筆師の娘に生まれ、同じ筆師の倅と所帯を持った。20年前に亭主を亡くし、古道具屋を営み、小金を貸しながら3人の息子を育てた。店も副業も順調だった。ただし、上と真ん中の息子はろくでもない男に育ち、お桂は家から追い出した。末っ子の長吉は知り合いの筆師の内弟子に奉公させた。結果的に苦労して育てた3人の倅は家を離れ、お桂は誰にも労られることなく暮らしていたのだ。そのお桂がしばらくお夏の店に顔を出さないと思ったら、ポックリと逝ってしまったのだ(2024.6.12)600円幻冬舎文庫20184

居酒屋お夏7

朝の蜆

文政41821)年の暮れ。お夏の居酒屋に半年ぐらい前に暖簾をくぐった朝田菊太郎という男に、お夏も清次も驚いた。彼とは17年ぶりの再会だったのだ。かつてお夏らが父親の長兵衛の小売酒屋「相模屋」で暮らしていた頃、そこに忍び込んだ泥棒が菊太郎だったのだ。仲間を持たない一人働きの菊太郎。当時、相模屋は男伊達の梁山泊として有名だった。猛者が揃っている相模屋に忍び込んで見事、盗み働きをすれば自分の男が上がると思っていた。元から何も盗むつもりはない。忍び込んで書付を残してくるつもりだった。想像以上に上手く忍び込んだ菊太郎。「油断大敵。酒一杯ちょうだいいたし候」という書付を柱に貼り付けようとした。「灯りをつけてやんな」。野太い声がしたかと思うと、菊太郎は長兵衛を筆頭に相模屋の面々に囲まれていた。手燭を掲げられて、自分が彼らの存在に全く気付かなかったことを恥じた。長兵衛は、ここで盗人稼業は運が尽きたと観念して、相模屋で真っ当に働いて暮らしてみたらいいと諭した。もう二度と盗人稼業はしないと長兵衛に誓って菊太郎は相模屋を出て行った。それから長い歳月が経ち、お夏の居酒屋にあの時の菊太郎が武家の奉公人姿で現れたのだ(2024.6.11)600円幻冬舎文庫20176

居酒屋お夏6

きつねの嫁

口入屋の龍五郎。広尾に用事があって居酒屋に顔を出さない日が続いていた。口入屋の番頭の政吉はお夏たちに広尾に出かけた親分は、そのまま梅干し婆のところに立ち寄っていると教えた。婆さんの名前はお竹。麻布の本村町外れの百姓家に孫娘と二人で住んでいた。笠縫いをしながら、近くの百姓仕事を手伝っていた。一年ほど前に仕事で麻布に出かけた龍五郎、畦道で足をくじいてうずくまっていたお竹を見かけて家まで負ぶって連れて行った。その時にお竹は自慢の梅干しで龍五郎をもてなした。毒毒しくなく、ほどよい赤味、皮の硬さも酸味も絶妙の味わいが龍五郎の舌を刺激した。もともと梅干しが好きだった龍五郎は思わず梅干しを口にしてうなった。その喜びようにお竹は小壺にいっぱいの梅干しを持たせてくれた。次に麻布に出かけた時は目黒の飴を土産に持って行った。何度となく交流が繰り返され、梅干しで酒を飲み、そのまま泊まって帰るようになった。その日も麻布に用事があった帰りにお竹の家を訪ねた。お竹はいつもに増して龍五郎を歓待した。梅干しだけでなく、その日は孫娘のお松がこしらえた枝豆と冷やし豆腐、泥鰌鍋もいただいた。お松は早くに両親を病で亡くした。お竹の夫は倅が十歳の時に病没。倅を腕のいい傘縫いに育て上げ所帯を持たせたら、お松を残してわずか5年で病没した。幼い時からお松を大事に育ててきたお竹は自分にもしものことがあった時、お松を託せる相手を探していた

(2024.6.6)600円幻冬舎文庫20171

居酒屋お夏5

縁むすび

目黒行人坂の居酒屋お夏は、母親を殺した一味に連なる千住の市蔵が虎視眈々と支配を広げ、高輪や品川を縄張りにしている香具師の牛頭の五郎蔵を狙っていると気づいていた。料理人の清次とともに市蔵の配下を闇に消し去ってきた。そのため、品川の飯屋「さくらや」が火付けに遭って災難の時は支援を惜しまなかった。今度は菜売りの男が突然、さくらやの主、利三郎を襲った。それもお夏は清次とともに調べをつけ、市蔵の手の者が菜売りの男に因縁をつけ、脅した挙句の凶行だったことを暴露した。おもしろくない市蔵は、五郎蔵が世話になった香具師の法要に出かける情報をつかみ、これを配下の者に襲わせた。何者かが江戸の町を陥れようとしていることに気づいていた南町奉行所同心の茂十郎は法要の警護をしながら、襲い来る相手を探ろうとした。無事に法要が終わり、帰途についた。人気がなくなった場所で複数の刺客が二人を襲った。多勢に無勢だったが、百姓姿の4人の強者が突然現れ二人を救出した

(2024.6.5)600円幻冬舎文庫20166

居酒屋お夏4

大根足

お夏の生まれた小売酒屋の相模屋。帳場を仕切っていた河瀬庄兵衛は剣の腕を正義のために使うと諸国を旅していた。久しぶりに江戸に戻り、相模屋の主人、長兵衛の娘、お夏が営む居酒屋で新しい仕事の手伝いをした。その時に借りた庵を住処にしてしばらくは絵師として暮らすことにした。同じ仲間の鶴吉に絵師に似合う髪を結ってもらった。鶴吉は師走の町を家路についた。するとしばらくして自分をつける気配を感じた。酒に酔ったふりをして近くの桶にえずくようにしゃがんだ。すると気配は殺気を帯びて近づいた。それでも酔ったふりをしながら鶴吉は巧みに桶をぶつけてその場を逃げ延びた。そのことをお夏と清次に告げた。鶴吉の長屋を襲った者が知っているかもしれないから、しばらくは家に戻るなとお夏に言われた。こっそり鶴吉の長屋の押し入れに隠れた清次は、思った通りに長屋を訪ねてきた二人連れを発見。ひそかにこれをつけてねぐらを見つけた。煮売酒屋の二階を間借りしている二人に違和感を覚えながら、清次は二人の会話を盗み聞いた。「中谷屋の旦那をやった連中」という言葉が耳に残った。お夏の母親を殺した奴の才次はほとぼりが覚めた頃に船宿屋の主人、中谷屋となっていた。それをお夏たちが手にかけ、母親の仇をうったのだ。その時に関わりのあった者たちが鶴吉を狙っているという事情が清次には信じられなかった(2024.6.5)600円幻冬舎文庫20161

取次屋栄三4

千の倉より

文化31806)年の正月。栄三郎の師匠、岸裏伝兵衛は暮れに江戸に戻った。その後も栄三郎の手習い道場で過ごし続けている。正月10日、久しぶりに馬庭念流の剣術家、竹山国蔵を小石川の道場に訪ねた。かつて伝兵衛は国蔵の人柄に惚れて流儀にかかわらず教えを願った。二人は道場の見所に座り門弟が汗を流す様子を見ていた。すると一人の若者が目に留まる。15歳か16歳ぐらいの華奢な体の少年が剣を握っていた。「なかなかかわいいのがおりますな」と伝兵衛。笑みをこぼした国蔵が若者を入門させた経緯を語る。他の道場を紹介すると父親に言ったが、ぜひにともこの道場にという父親の願いが強く引き受けたという。3日に一度訪ねてきては汗を流している。笠間忠也。父は無役の浪人で源三郎。嫡男の忠也を名立たる剣士に育て上げ、無役の小普請組からの脱却を狙っていた。しかし伝兵衛の目には父の願いは子どもにはあまり伝わっているとは思えなかった

(2024.5.8)740円祥伝社文庫20243

取次屋栄三3

若の恋

江戸に初霜の日。秋月栄三郎は本所石原町にある旗本三千石・永井勘解由の屋敷に用人の深尾又五郎を訪ねた。永井勘解由の弟、浅草の永井内蔵助の嫡男・辰之助についての相談だった。まだ嫁取りをしていない若様が町屋の娘に惚れてしまったというのだ。辰之助は文武に優れ涼やかな男。放蕩の末に町屋の娘に入れ込んだわけではなかった。辰之助は月に数度向嶋にある国学者の講義を受けている。竹町の渡し場から船に乗る。講義を受ける身が供連れで歩くのは不遜であると辰之助はこの渡し場で供を帰してしまう。船を待つ間に休息する掛茶屋の娘に心を惹かれてしまったのだ。用人の大山甚兵衛は幼い時から辰之助を任され育ててきた。辰之助も「爺」と呼び甚兵衛を信頼している。心惹かれた娘のことを甚兵衛に打ち明けた。しかし、行く末は御家を継ぐ辰之助の将来を思い、身分違いの恋を認めなかった。とはいえ、これまで浮いた話がまったくなかった辰之助の思いを知り驚いた甚兵衛はどうしたものかと古くからの知り合いの深尾に相談してきたのだ。もとより武士と町人の間を取り次ぐ栄三郎はこの話を聞いて一肌脱ぐ覚悟になった

(2024.5.7)619円祥伝社文庫20114

取次屋栄三2

がんこ煙管

京橋の南東、水谷町にある手習道場。朝から昼過ぎまでは近くの子どもを集めた。それが終わると町の物好きが剣術を学ぶ場に変わる。師匠は秋月栄三郎。剣名をあげるつもりは全くなく、町の者に剣術を教える程度で技が鈍らなければいいと思っている。その道場に最近、厄介な入門者が現れた。掛け声勇ましく、大振りの木太刀を振るう。女剣士。大棚の呉服商田辺屋宗右衛門の娘、お咲だった。2ヶ月前に蔵前の閻魔堂の境内でごろつきたちに絡まれているところを一人の剣客によって救われた。剣客は松田新兵衛。栄三郎の剣友であることを知り、手習道場の地主である宗兵衛に新兵衛に用心棒を依頼するなどして近づいた。しかし、新兵衛はもとより堅物で剣術修行以外に全く興味がない。それならば新兵衛が没頭する剣の心に触れてみようと剣士として入門したのだ。剣客としての助言は惜しまなかったので、それに気をよくしてお咲はますます稽古に精を出していたのだ(2024.5.4)760円祥伝社文庫202311

居酒屋お夏

春夏秋冬7

明日の夕餉

清次が禄次郎とあったのは残暑が収まり始めた秋だった。目黒不動まで塩を買いに行った道すがら、口入屋の龍五郎が立ち話をしている相手が禄次郎だった。腹掛けに継ぎの当たった股引き、紺の上っぱりを引っ掛けた40絡みの地味な職人風の男だった。顔つきはにがみ走っていて口元には哀愁があった。飾り気はないが男としての優しさを感じた清次はたちまち親しみを覚えた。「禄さんは娘と二人で目黒に来たばかりで」龍五郎は言う。年齢も近い清次にこれからの付き合いを頼むと教えた。店に戻った清次は龍五郎のことをお夏に伝えた。与えられた仕事をしっかりやり、龍五郎を安心させてからでないと居酒屋へは来ないだろうと清次は思った。その思惑通り、龍五郎は数日経っても来なかった。龍五郎が店に来て「こないだの禄さんがよう、仕事が落ち着いたので店に行かせてもらうからよろしく伝えてくだせぇって言ってたよ」と告げた。清次は嬉しくなった。龍五郎によると禄次郎は娘のお京を連れて常陸国府中から江戸に出て来たのだという。人足をしていて差配の代替わりに伴って揉め事があり土地に居づらくなったのだという。ちょうど紙屑屋が仕分けを頼める者を探していたので禄次郎を紹介したのだと上機嫌で教えてくれた(2024.4.30)650円幻冬舎文庫20236

居酒屋お夏

春夏秋冬6

根深汁

野菜は売るが料理はできない夫婦。大鳥神社に近い百姓家に住む円太郎とおしののことだ。近くの農家から野菜を買って夫婦で売り歩いている。時々、お夏の居酒屋に寄って二人で飯を食い一杯やって帰っていく。何事にも控えめで仲睦まじい。野菜を売ってはいるが料理が苦手と二人は口を揃える。清次は野菜が残ったら持ってくるようにと気を使う。清次が料理をこしらえる。おしのを板場に呼んで作り方を教えてやることになった。馴染み客が来ると二人は昔話を始めた。幼い頃から時から兄妹のように育った。千住の外れの貧乏長屋だった。互いに気遣いながら成長した。女中奉公に上がったおしのを金貸しの爺が妾として面倒をみようという話があった。それを聞いた円太郎はおしのと手に手をとって逃げたのだ。若い2人は千住から離れてその日暮らしを始めたがすぐに泊まるところにも困るようになった。そんな時に出会ったのが口入屋の和右衛門だった。世話をしている寮番が亡くなったので2人でその代わりを勤めてほしいという(2024.4.27)650円幻冬舎文庫202212

居酒屋お夏

春夏秋冬5

鯰の夫婦

暑い夏の日、駕籠かきの源三は相棒の助五郎と杉木立で休んでいた。近くの寺から30過ぎの女が出てきた。「あれはおかじさんじゃないか」。女を知っている二人は「まだここに通っているのか」とため息をついた。おかじは下目黒町に住んでいて竹で笊や籠を拵えて生計を支えていた。亭主は猿三。夫婦で竹細工を作っていた。しかし、半年前に夫婦間に諍いがあって家を出たまま寺に籠ってしまった。寺男として働いているらしい。源三たちによってこの話がお夏の居酒屋に持ち込まれた。お夏は猿三の作る笊を店でも使っているのでずいぶん世話になってきた。料理人の清次がちょうど新しい笊が欲しかったところだったのでおかじに会いに行くことにした。猿三の作る笊と違っておかじの拵えた笊は少し出来が悪い。網目にムラがあったり、端からひごの切れ目がはみ出したり。清次が持って帰った笊を見てお夏はやれやれという顔になった。おかじがある程度、竹細工ができるようになると猿三はもう一つの仕事の鯰釣りに精を出すようになった。猿三が釣り場に行くと何故か大きな鯰の居場所がわかるのか大物が手に入った。ある時、息子の太郎吉を連れて鯰釣りに出かけ、悲劇が襲った(2024.4.20)650円幻冬舎文庫20224

居酒屋お夏

春夏秋冬4

鰻と甘酒

お夏の居酒屋に好い鰻が入ったので料理人の清次は背中開きにして焼いていた。みりんと醤油のタレが炭火に焦げて食欲をそそる香りを漂わせた。清次は好い鰻が入った時しかさばかない。それは辻売りをしている宗太郎を気遣ってのことだった。23歳の宗太郎は清次の弟子を自認している。貧しい棒手振りだった宗太郎は目黒界隈で辻売りをしていた♂が田舎に引っ込むのを知り、商いを受け継いだ。しかし、いきなり鰻をさばくことは難しい。そこでお夏の居酒屋で鰻を出す日には清次を手伝ってさばき方を学んでいたのだ。宗太郎は父親が好きで幼い頃から野菜の棒手振りをする父親について歩いた。父親はそれが嬉しくて天秤棒の担ぎ方や路傍の花の名を宗太郎に教えた。健気な宗太郎の姿は目黒の人たちに愛された。しかし、彼が13歳の時、父親は死んだ。母親はどこかのならず者と引っ付いて町から消えた。父親仕込みの棒手振りで自活できるようにはなっていた。母親に捨てられた心の傷を抱きながら、宗太郎は一新に商いに励んできた。昼下がりに居酒屋に来る宗太郎。遅めの中食をとりながら、清次の仕込みを見学、商いに出て、夜は清次を手伝って料理を仕込んだ(2024.4.17)650円幻冬舎文庫202112

居酒屋お夏3

つまみぐい

お夏は長兵衛とお豊の娘だ。長兵衛は酒屋を営みながら、世の中のためにならない悪を退治する男伊達を生業としていた。不遇な育ちで行き場を失くした連中を雇い入れ、武芸を仕込み、生業を確固たるものにした。使いに出たお豊が帰り道に返り討ちで殺された。勘定奉行のどら息子が遊びの帰りに町人の母子を痛めつけていた。それを許せず仲立ちに入ってどら息子の付け人たちに斬られた。即死だった。長兵衛は公儀には従順を装い、身内には仇討ちを誓った。一人仕事でどら息子を葬った。しかし、取り巻きの付け人たちは勘定奉行の父親が屋敷から放逐したので探し回るうちに長兵衛が亡くなった。それから20年を経て、髪結いの鶴吉が付け人の一人、奴の才次を見つけた。大きな船宿の主に収まっていた才次。お夏とかつての奉公人の清次、鶴吉は仇討ちの計画を練って背景を探った。すると千住の市蔵の命を受けて才次が暗躍をしていることにたどり着いた。お夏たちは川船で才次を襲撃して、お豊の仇討ちを果たした。その晩、お豊の好物だった玉子焼きをお夏は仲間にふるまった(2024.4.12)600円幻冬舎文庫20156

居酒屋お夏2

春呼ぶどんぶり

お夏の店。小上がりの片隅に春之助の姿があった。折敷には丼飯と具だくさんのけんちん汁、香の物が置かれていた。子どもの春之助には食べきれないほどの量だ。「子どものうちはたんと食べるんだ」お夏に言われて、春之助は「はい」と元気に答えて飯を旺盛に口にかきこんだ。十歳の春之助。店と通りをはさんだ向かい側の長屋に住む。亀井礼三郎という浪人の子どもだ。礼三郎は気がやさしいのが災いして、何をしてもうまくいかない。大名家を追い出されたときに妻は愛想をつかして実家へ帰ってしまった。それ以来、貧しい長屋暮らしが始まった。一膳飯屋で出会ったおせいという女が礼三郎を気に入って一緒に暮らすようになり春之助が生まれた。しかし、傘張り仕事しかできない礼三郎に苛立ちを覚えておせいもやがて春之助を残して姿を消した

(2024.4.8)650円幻冬舎文庫20151

居酒屋お夏

目黒永峯町界隈、行人坂を登り切ると「酒、飯」とだけ書いた幟を出す店がある。店主の女将、お夏はこめかみに膏薬、首には手拭い、寒くなれば襟巻き、黒襟のついた袖なし羽織を肩に乗せている。肌の色は黒く、化粧っけはない。年齢は全く想像できない。思ったことをすぐに言わないと気が済まない性質だ。店の床几に腰掛けて道ゆく人たちへ悪口雑言を繰り返す。女に対しても容赦はない。「名物のクソ婆がいるから来てやった」と近頃では肩で風切りながら渡世人を気取る新吉が店に来た。「お前みたいな偉そうな若造を呼んだ覚えはないよ」。お夏の啖呵に圧倒され、新吉は出直すことにした。常連客の龍五郎、不動の親方と呼ばれるところの口入屋の主人だ。新吉が店から出てきたところでばったり会った。お夏は龍五郎から新吉の育ちを耳にした。まだ12才にも満たない時に口入屋に仕事を求めにきたのが新吉だった。父親はなく、母は病がちだった。だから自分が働かなければいけないという。いくつかの働き口を世話したが、どこも長続きしなかった。12才までどこにも奉公に出ていなかったことが仇になった。読み書きができず、仕事の覚えが悪い、それを揶揄われて喧嘩になる。これが繰り返されたのだ。母親がやがて病で亡くなった。それ以来、新吉の姿がパッタリと見えなくなったというのだ(2024.2.17)650円幻冬舎時代小説文庫20146

取次屋栄三

野鍛冶の次男だった秋月栄三郎。武士に憧れて道場に入門したものの、権威と保身に明け暮れる武士の姿に嫌気がさした。小さな道場で町の人たちに護身に役立つように武術を教え、子どもたちに読み書きを指導していた。それだけでは暮らしに困るので、武家と町人の間を取り次ぐ、頼まれ仕事を引き受けるようになっていた。栄三郎が住む道場付きの貸家近くに染次の飯屋があった。辰巳芸者として名をはせた染次。身を引いて京橋近くの橋詰めに店を構えていた。盛り場でところの若者とやりあっていた又八を救い出し、栄三郎は家に連れ込んだ。30歳になるかならないかの又八は家事全般をこなすので栄三郎にはとても便利な家人となった。そんなある日、大坂時代の幼馴染、蓑助が江戸を訪ねて来ると文があった。大坂で手堅く商いの奉公を続けた蓑助は主人から信頼され、江戸店を任せている者の様子を見てくるように頼まれたのだ

(2024.2.14)760円祥伝社20239月新装版

八丁堀恐妻物語

4)恋女房

南町奉行所の隠密廻り同心の芦川柳之助。孫ほどの若い女房、おりんをもらった音羽の三喜右衛門に客人として入り込んだ。南町奉行の筒井和泉守の命による。雑司が谷一帯を取り仕切る音羽の三喜右衛門は貧しく行くあてのない者たちを拾いあげ、人殺しや盗みなどの道へ行かないようにしつけて賭場や岡場所で仕事を斡旋していた。その三喜右衛門が引退を考え始めたという。おりんと二人でのんびりと余生を過ごしたいと願い始めたのだ。柳之助は和泉守から、三喜右衛門引退につけこんで縄張りを奪い、悪事を企む輩がいないかどうかを確かめることが目的だった。柳之助は三喜右衛門の近くで過ごしながら、人としての魅力にひかれてゆく。妻の千秋は将軍影指南の家柄の血を引き、幼い頃から探索や戦いの業を磨いている。今回は壺振りとして三喜右衛門の賭場に入り込み、怪しい存在を探っていた。すると、若い武芸者が3人で賭場に乗り込み、刀を振るった。しかし、柳之助や千秋の反撃を受けて、若者たちは逃げてしまう。誰が何の目的で三喜右衛門の賭場にケチをつけようとしたのか、柳之助はかつて江戸を追い出された松三という破落戸にたどりつく(2023.12.29)690円小学館文庫202310

八丁堀恐妻物語

3)隠密夫婦

南町奉行所、定廻同心の芦川柳之助は与力の中島嘉兵衛から新たな使命を受けた。本所の日暮れ横丁に入って裏で取り仕切る存在を調べ上げよというものだった。多くの犯罪者が横丁に流れて行くことは分かっていたが、なぜかいつの間にかそれらが問題になることもなく解消されてしまう。番屋や奉行所が介在しなくても、大きな力が悪を持って悪を成敗する仕組みが出来上がっているのではないかと奉行所は睨んでいたのだ。しかし、表立って探索をしても誰も何も本当のことを言わないのは目に見えていた。隠密廻同心による探索が必要だった。千秋との結婚後、なぜかすぐに定廻同心から隠密廻同心へ勤めを変えられた柳之助は、妻の千秋とともに団子屋になって横丁に入り込むことになった。団子を棒に担いで売り歩きながら横丁の様子を柳之助は探った。その結果、夕暮れから多くの荒くれ者が集う「きよの」という居酒屋で訳ありの団子屋を装って情報を集めることにした

(2023.7.1)670円小学館文庫20234

八丁堀恐妻物語

2)銀の玉簪

隠密廻同心の芦川柳之助は大川の袂を探索していた。若い娘ばかり何人もが行方知れずになったと奉行所に訴えが出ていた。そんな時、大川にかかる大川橋に若い女が走ってきた。橋番が遮るのも寄せ付けずに一気に川に身を投げた。あっという間の出来事だったので柳之助には何もできなかった。柳之助の小物として一緒にいた三平は女が身投げをした時に近くまで来ていた腕に般若の彫り物がある若い男を追っていた。女の身投げと何か繋がりがあるのではないかと、咄嗟の判断で二人は目を合わせただけで行動していた。南町奉行所の定町廻同心、外山壮三郎は柳之助が隠密廻に配置換えになって見習いから定町廻同心に出世した。変装して仕事をする柳之助の仕事を表で支える役目を追っていた。身投げした女の素性を探ることは壮三郎に頼んだ。行方不明の娘の事件と身投げとの間に何らかの関わりがあるのではないかと睨んでいたからだ

(2023.5.20)680円小学館文庫202210

八丁堀恐妻物語

将軍家御用達の扇屋「善喜堂」。表の顔と違い裏の顔は徳川家を支える陰の役目を長く務めてきた。扇屋には誰にも知られない場所に武芸場があり主やその家族、奉公人を含めて日々精進を重ねていた。一人娘の千秋も幼い頃から武芸を習得し、老中の青山に命じられて危険な任務もこなしてきた。父親の扇屋の主、善右衛門は千秋を早くどこかの大店に嫁に出してこれ以上危険な任務に関わらせたくないと思っていた。そんな千秋が一目ぼれをしたのが南町奉行所の定廻り同心の芦川柳之助だった。大店の娘と武家の長男は本来、夫婦になることは困難だった。しかし青山老中は町方に千秋が嫁ぐことに興味を示し、二人の婚姻を認め南町奉行の筒井に二人の婚姻を認めるように手はずした。周囲の思惑を知らない二人はめでたく夫婦になった。そんな時、柳之助に新たな命が下された。隠密廻り同心の須賀が賊に襲われて怪我をしたので、代わりに探索を続けよというものだった。千秋は闘争本能に火をつけて柳之助を陰から支える役目を思いついた

(2023.6.28)660円小学館文庫20222