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ほぼ毎日更新の雑感「ウエイ」
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北原亞以子
aiko kitahara

あんちゃん

おつやは吉兵衛の好物の饅頭を黒文字で四つに切り分け湯のみといっしょに盆に載せて縁側に出た。寒くないかと気遣ったが縁側がいいと言う。3年前に吉兵衛が借りてくれた新和泉町の家におつやは住んでいた。本宅の味噌問屋、柏屋には妻も娘夫婦もいた。ここでしばらく養生すると吉兵衛は帰ろうとしない。番頭から見世の主に婿入りした吉兵衛は多額の負債があった柏屋を長い時間をかけて立て直した。しかし、妻は吉兵衛を下に見て贅沢な暮らしをやめようとしなかった。おまけに娘のおせいは遊び人に惚れ込んで婿に迎えてしまった。商いを本気で覚えるという誓いは三日で破られた。幸い、手代の幸次郎が働き者だったので、商いが滞ることはなかったが、いつまでも吉兵衛に隠居の選択肢は回ってこなかった。店に戻った吉兵衛がしばらくおつやに会えなかった時に幸次郎が吉兵衛の命令でおつやの話し相手に来た。そんな心遣いは無用と思ったが吉兵衛の様子がわかって有りがたくもあった。ある日、吉兵衛がおつやの家に来た。見世を出てきたのでもう帰らないと言う。妻には別れを告げてきたので、ここで穏やかに残りの日々を過ごす気になったのだ。短い時間をともに過ごし吉兵衛は息を引き取った。店を出た時に幸次郎には暇を出し、元の商いへ番頭として戻していた。吉兵衛の弔いが終った夜、本名の佑三郎に戻っていた幸次郎が旅姿でおつやの元にやって来た。下総まで商いで行ったのだ(2024.3.13)文春文庫74020242

慶次郎縁側日記

16)乗合船

正月五日に霊岸島から根岸の寮へ手代の清三郎が挨拶に来た。酒問屋の山口屋の寮番としての慶次郎と佐七に松の内にでも二人して初詣に行ってほしいと願うためだ。大番頭の文五郎が慶次郎に暮れの挨拶の時、こっそりと「佐七が八丁堀のお屋敷に行きたいと申しております」と教えてくれた。びっくりした慶次郎は聞き返した」が「八千代様を抱っこしたいのだそうです」と言われて嬉しくなった。遠慮なく、慶次郎は佐七とともに八丁堀の屋敷を訪ねた。表口を開けて玄関に入ると婿養子の晃之助が顔を出した。「じいじがいらしたよ」の声を聞いてよちよち歩きの八千代が現れた。抱き上げて頬ずりしようと思った慶次郎の背後から佐七の声がした。「可愛い」(「松の内」より)

(2023.4.8)新潮文庫55020175

慶次郎縁側日記

15)雨の底

庭の雑草を抜こうとしていたおぶんの手が止まった。はこべが白い花をつけていた。森口慶次郎の娘、三千代に乱暴をした男、常蔵の娘のおぶん。慶次郎を慕い、女房を悪人に殺された岡っ引きの辰吉とともに暮らすようになった。自分が生きていいていいのか、自分が慶次郎に関わりのある辰吉とともに生きていいのか。いつも同じ悩みを繰り返し抱え続けている。庭に蔓延ると手がつけられなくなるはこべ。目の敵にしてでも抜かなくてはいけないと八百屋の女房に言われていた。一所懸命に咲いている花びらを見て抜いてはいけないと思った。三千代の命日の前日に慶次郎を訪ね、花と線香を手向に行った。慶次郎も辰吉も「おめえが気にするこたぁ、ねぇ」と言ってはくれる。しかし、むしろ冷ややかな目で見下してくれた方がどれだけ気持ちが楽になるかと思うこともある。おぶんは「ごめんね」と言ってはこべを抜いた。それを捨てる気持ちになれず、絵草紙の間に挟んでおいた(「はこべ」より)

(2023.4.3)新潮文庫590201610

慶次郎縁側日記

14)祭りの日

亮太は千住大橋を渡って江戸に入った。生まれ故郷を離れて一人で初めて江戸に来た。松戸宿で長年表具師の親方、宗吉のもとで修行に励んだ。その親方が弟子のうちで優れた者を江戸に送ってくれる指名を受けたのだ。宗吉の親方だった男の倅が江戸での親方になる。伊兵衛は名人との評判を持ち合わせ、値打ちのある書画の表装はほとんど引き受けているという。伊兵衛の弟も同じ表具師だった。千住大橋を渡り教わった通りの道を歩き、不安な思いを胸の奥に閉じこめながら亮吉は伊兵衛の家へ向かう。浅草寺は想像以上の混雑だった。何かの祭りがあるのかと思ったが、これが日常の賑わいだと気づいた時、勢いよく走って来た男に突き飛ばされた。懐を探った亮吉は青くなった。宗吉から預かった手紙と金がすられてしまった(「祭りの日」より)

(2023.3.29)新潮文庫630201510

慶次郎縁側日記

13)あした

同心は与力に出世することができる。与力の家に生まれた晃之助は、実際に同心から与力に上がった者を見たことがなかった。同心だった森口慶次郎に与力昇進の話があったから、実家の両親は慶次郎の娘の三千代との縁談を認めたのだろう。まして養子にいくというのだ。しかし、祝言をあげる前に三千代は自らいのちを絶った。与力昇進の話を断っていた慶次郎のもとに、晃之助はそれでも養子に入った。浅草茅町の自身番屋に蕎麦屋の主人が無銭飲食の老婆を連れてきた。おみねという老婆は空き巣、無銭飲食の常習だった。小伝馬町の牢屋で過ごしたこともあった。おみねは、泥棒長屋と呼ばれている貧乏人ばかりの長屋に一人で暮らしていた(「あした」より)

(2023.3.24)新潮文庫590201410

慶次郎縁側日記

12)白雨

よろず屋の店先で慶次郎は夕立にあった。雷が近づいて大粒の雨が降り出し、よろず屋へ駈け込んで一刻が過ぎていた。雨が滝のように白く濁って見えた。白雨とはこういう光景を言うのかと思った。同じころ、寮では急な雨に表戸を閉め切ろうと佐七が慌てていた。そこへ上方訛りの宗衛門という男が立ちすくんでいた。慶次郎がいない時の佐七は用心に用心を加えた警戒をしていたが、見知らぬ宗衛門を見た時は違った。軒先を借りたいという宗衛門に対して、中へお入りくださいと声をかえたのだ(「白雨」より)

(2023.3.16)新潮文庫52020135

慶次郎縁側日記

11)月明かり

根岸の寮へ見知らぬ男が二人訪ねてきた。一人は十五郎と名乗った。四十がらみの十五郎は江戸の生まれだが、父親の仕事の都合で沼津に移り住み、四年前に浅草に戻ってきたという。父親の家業は金貸しだなと慶次郎は思った。それも違法な高利貸しだったのではないか。人の恨みを買ったか、吉次のような岡引きに目をつけられたかしたのだろう。もう一人の若者は弥吉といった。建具職人として修行中だとか。雨戸を新しくしてくれと頼まれて十五郎の屋敷に行って親しくなったそうだ。その弥吉が「自分の父親を殺した男を見かけたというのでございます」、十五郎が慶次郎に打ち明けた。弥吉の父親の弥兵衛が何者かに殺された過去の事件を調べ直すことになった

(2023.3.12)新潮文庫438201110

慶次郎縁側日記

10)ほたる

横十間川をゆく蝮の吉次。目の端にほたるが光った気がした。薬を問屋の娘が自害した事件。真相を求めて丹念に調べを続けたのに、同心の秋山に「おめぇはしつこい」と一蹴され気持ちがざらついていたのだ。薬問屋の娘が祝言をあげるはずだった男、三五郎は喧嘩の仲裁で相手を怪我させて島送りになっていた。島帰りの三五郎に脅しをかけて金をゆすろうとした庄吉。吉次はざらつく気持ちで深川を歩くうちに庄吉が逃げた女房の所に押しかけて騒いでいる場面に出くわした(「ほたる」より)

(2023.3.8)新潮文庫47620113

慶次郎縁側日記

9)夢のなか

五十を過ぎたおつぎは亭主と息子が残してくれた財産を少しずつ使いながら細々と暮らしていた。辰吉に教えてもらった玄庵という医者に定期的に通う。自分の体を労って無理はしないことだと言われる。亭主と息子に無理ばかりさせて自分は女房として当然のことを毎日繰り返していただけだ。早く二人のところに行きたいのに、体はいたって元気だ。そんなことを考えて玄庵のところへ向かっていたら、いつもの道を通り過ぎてしまった。「ここはどこだろう」と思っていたところに若い女が通りかかった。「浅草までの道を教えてくださいな」。女は優しくおつぎを導いて先を歩いた。おつぎは女の後をどこまでも追ったが、どんどん浅草から離れていく。しまいに磯の匂いが漂う海辺に近い場所につれていかれてしまった(「師走」より)

(2023.3.5)新潮文庫514200910

慶次郎縁側日記

8)赤まんま

材木問屋の主人、木曾屋丞右衛門。三十を過ぎて独身を通していた。若い頃に思いを分かち合った娘が肺の病で死んだ。その娘との約束を守り抜いて独り身を貫いてきた。おみちは十七で亡くなった。小石川養生所の病床で庭の赤まんまを見ながら「珊瑚で作った赤まんまの簪が欲しい」と言って息を引き取った。当時の丞右衛門はおみちと同じく貧乏長屋に暮らしながら、中間として武家に奉公して昼も夜も徹して草鞋作りで銭を得た。その銭をおみちと同じ病気の母親に渡して治療代に充てさせていた。肺の病はやがて血を吐き、死に至ることを知っていた丞右衛門は、おみちの母親が亡くなって、おみちにも同じ病がうつっていることを知ってからは、金を置いて来るだけの援助になっていた。おみちが死んでから丞右衛門は材木の目利きからとんとん拍子で商いの階段を登って行った。加賀屋のおこうという女に出会い、丞右衛門はおみちとの約束を守り続けるべきか、破っておこうと一緒になるべきか深く悩み始めた(「赤まんま」より)

(2023.2.28)新潮文庫438200810

慶次郎縁側日記

7)やさしい男

不忍池を眺める森口慶次郎。花ごろもでお登勢を相手にくつろぎの時間を送っていた。その時、店の者が女将のお登勢に相談を持ってきた。二階に上がった客がどうやら一文なしらしいというのである。女将と板前が先刻から二階に向かい、慶次郎は一人手酌で池を眺めていた。仏の慶次郎と同心時代に言われた。罪を犯す前に罪を犯させない方法をいつも考えていた。無銭飲食をしているらしい男に罪を犯させない方法はないものだろうか。そんな時、お登勢から慶次郎にお呼びがかかった。男が居直ってしまったのかもしれない。ところが男は自分を番屋へ突き出してくれと懇願しているという。お登勢は今回だけは大目に見ると言っているのにだ。慶次郎が話を聞くと、働きたくても雨が続いて荷揚げの仕事がなくなってしまった。他にも働き口を求めたが、いつも途中で来なくていいと言われてしまう。こんなんでは食うものが無くなり死んでしまう。小伝馬町に入ればとりあえず食うものだけは困らないと考えたという(「理屈」より)

(2023.2.25)新潮文庫438200710

慶次郎縁側日記

6)隅田川

市中見廻りを終えた森口晃之助は、筆屋を訪ねる気になった。亭主が亡くなり、娘が長く患い、今は店を母のおせんが一人で切り盛りしているはずだった。祝言をあげることになっていた娘のおふさ。病になり、母のおふさが店に出るようになって婿入りが断られていた。ところが筆屋には誰もいない。夕暮れが過ぎた時間に誰もいないのは、娘に何かがあり医者に行ったのではないかと晃之助は、近くの医師へ走った。そこにもおせんたちは、いなかった。晃之助を探していた辰吉に出会い、おせんが晃之助の屋敷に近い医師の玄庵を訪ねてきたと教えてくれた。玄庵のもとに向かった晃之助はすっかりやつれたおせんから、近くの商家の子どもらが店の物を盗んでいくと相談された(「うでくらべ」より)

(2023.2.19)新潮文庫438200510

慶次郎縁側日記

5)蜩

岡っ引きの吉次が所帯を持ったと辰吉が慶次郎に教えた。所帯をもった相手の女の弟の円次郎。吉次の名前をちらつかせて、賭場に出入りしている若い者たちに声をかけてはお上の仕事を手伝わないかと誘っていた。自分にはそんな才覚はないと断る若者たちをおだてて、その気にさせる。手伝うには手付の金が必要だと言って手数料を巻き上げていた。手持ちの金がなかった者は高利貸しから金を借りて円次郎に払っていた。その女房のところに高利貸しから返金を迫る証文が突き付けられた。困った女房が慶次郎に助けを求め、何もしらなかった吉次に慶次郎が話を伝えた(「蜩」より)

(2023.2.15)新潮文庫59020046

慶次郎縁側日記

4)峠

江戸で商いをした富山の薬売り、四方吉は帰り道を急いでいた。父の茂兵衛から大事な江戸のお客を引き継ぎ、上々の首尾で足取りも軽かった。碓氷峠は、中山道最大の難所だった。坂本宿に正午過ぎに着いた。腹ごしらえをして九つ半に飯屋を出た。軽井沢までは三里しかないが碓氷峠を越えねばならない。多くの旅人が坂本宿に荷物を下ろした。若さに自信があった四方吉は今日のうちに碓氷峠を越えて、明日は一気に北国街道に入ることに決めた。峠を越えて緩やかな下りにさしかかった時には人の姿が途切れた。霧がかかり始めた。突然、鉈を持った追い剥ぎが「かねを出せ」と迫ってきた。夢中で男の懐に飛び込んだところで四方吉の記憶は途切れた(「峠」より)

(2023.2.10)新潮文庫590200310

慶次郎縁側日記

3)おひで

傘問屋の主人に囲われて暮らすおひでは17歳。鉄次という惚れた男がいる。しかしこの頃、鉄次には新しい女ができたらしい。自分と会おうとしてくれない。そのことに怒りの感情を抱いたおひでは出刃包丁を布に包んで帯に挟んだ。鉄次の住まいへ向かう道、油照りと思われるほど暑い日差しが注ぎ込んだ。鉄次への怒りから満足に食事をしていなかったおひでは暑さに体が耐えきれなくなり、目の前が暗くなった。気づくと北町奉行所同心の森口晃之助の家で休まされていた。帯に挟んだ出刃包丁がない。退散しようとしたところで晃之助と出会った。おひではいっぺんに惚れた。慌てて屋敷を飛び出したおひではもう一度晃之助に会う方法を考えた。それは自分で腿を傷つけて晃之助に下手人を探してもらうことだった(「おひで・油照り」より)

(2023.2.5)新潮文庫590200210

慶次郎縁側日記

2)再会

公儀が認めない岡場所に踏み込んだ岡っ引きの吉次。北町奉行同心の十手を預かる。蕎麦屋を営む妹夫婦の二階に居候する。岡場所から吉原へ遊女たちを送り出すことが可能だが、吉次はなじみの遊郭へ一時的に遊女たちを避難させた。妓楼の主は百日間の手鎖という刑を受けた後、再び同じ商いを始めることを知っていたからだ。その時のために遊女たちへ情けをかけ、お礼を受け取ることが目的だった(「再会三恋する人達」より)

(2023.2.1)新潮文庫590200111

慶次郎縁側日記

1)傷

南町奉行所定廻り同心の森口慶次郎。娘の三千代が婿を取ることになり、自分は隠居をすることにしていた。婿は吟味方寄騎の三男で晃之助。半年後に婿にして自分は根岸で商家、山口屋の寮を守る役目につくはずだった。仕立物の直しを頼みに行った三千代の帰りが気になった。台所で物音がして気がつくと血相を変えた三千代が逃げ出して行く。髪も服も乱れていた。一瞬にして全てを悟った慶次郎は何も聞かないで三千代を抱きしめた。万が一のことを心配してその夜は同じ部屋で布団を並べた。眠りに落ちて物音に気がついた時には遅かった。三千代は遺書を残して懐剣で胸を突いていた。汚れた体で晃之助の元へ嫁ぐことはできないと記されていた(「その夜の雪」より)

(2023.1.29)新潮文庫55220014