関連するリンクページ

書籍紹介トップページ
サイトのトップページ

ほぼ毎日更新の雑感「ウエイ」
作家別目次ページ

 

浅田次郎
jiro asada

母の待つ里

ただ今読書準備中(2024.9.21)750円新潮文庫20248

流人道中記・下

貧乏長屋で生まれ育った一助は跡継ぎがなかった名跡の青山家の都合で子どもの頃に父母から引き剥がされて青山家の養子になった。武芸と学芸に励み、たちまちに能力を発揮して旗本中の旗本としてお殿様にまで成長した。それを内心で妬んでいたやや格下の大出対馬守の策略により姦通という無実の罪をきせられて蝦夷地へと追放になった。真実を知った押送人の見習い与力、石川乙次郎は申し開きを玄蕃に薦めたが、諸悪の根元としての武士を葬るためにわが冤罪を背負い込むと決めた玄蕃は、余計なことをするなとはねのけた。やがて二人は本州最果ての三厩にたどり着き、蝦夷地の迎えを前にした

(2023.6.23)780円中公文庫20232

流人道中記・上

万延元年。姦通の罪を犯した旗本の青山玄蕃は切腹の命に従わなかった。寺社奉行、町奉行、勘定奉行の三人は天下の旗本を斬首することができず、対応に苦慮した。その結果、蝦夷の地に大名預かりという江戸所払いの刑を執行した。玄蕃は「切腹は痛えから嫌だ」と開き直ったのだ。遥かな蝦夷地まで玄蕃を連れて行く押送人は見習い与力の石川乙次郎だった。貧しいお先手鉄砲組同心の次男坊に生まれた乙次郎は冷や飯食い扱いでどこかに婿に入るしか生きてゆく術がなかった。そんな時、町奉行所の与力だった石川家の当主が卒中で倒れ、家督相続が必要になった。一人娘しかいなかった石川家は格下だが、文武に優れていた乙次郎を婿にすることを決めて、早々に婿養子にしてしまった。見習い与力として、本職の与力たちから蔑まれ、同心たちからは小馬鹿にされる境遇だった。口も態度も悪い玄蕃を押送する乙次郎。北へむかう二人の前にさまざまな事情を抱えた人々が通り過ぎる。玄蕃はそれらを見捨てずに関わっていく心意気があった

(2023.6.20)780円中公文庫20232

大名倒産・下

丹生山松平和泉守信房は先代が村娘に産ませた四男だった。丹生山松平家は260年もの長きに渡って商人から借金を繰り返し、当代で25万両という途方もない借金を抱えていた。先代はわざと大名を倒産させて全ての借金をご破産にして家臣らにいくばくかの現金を与えて何もかもを解散させる企てを進めていた。それを知った長男は夭逝、次男は庭仕事が似合っていて大名には向かない、三男は病弱。すこぶる健康で生真面目な四男の小四郎に家督を継がせて見事に倒産。幕府への責任として腹を切らせるという道筋だった。何も知らない信房は参勤交代で国本へ帰って、借財の返済へ向けて算盤を弾き続けた。商人に頭を下げて、これまでの不忠を詫びる姿に国本の商人や大地主たちは感激し、なんとか潰れないようにする手立てを考え始めた

(2023.5.30)780円文春文庫20229

大名倒産・上

丹生山松平家の当主、和泉守信房は12代を継いだ。正室の長男らが早逝し、次兄はおつむがユニークで殿様には向いていなかった。先代が屋敷勤めの女中に手を付けて誕生した小四郎は嫉妬深い正室の指図で足軽の間垣家に母子もろとも預けられて育った。育ての親を本当の父として育った小四郎は、9歳になったある日、突然、父親と引きはがされて家督を継いだ。3万石の越後丹生山松平家は関ヶ原からの由緒ある武家だった。しかし、260年もの時を経過して台所は火の車になっていた。先代は家老たちと諮り、わざと借金を増やし幕府から大名倒産の命を受けるために奔走していた。最後に責任を取らされて腹を召すのは長く足軽に預けていた小四郎で十分だろうと考えた。しかし、まじめの上に糞のつくまじめな性質の小四郎はなんとか藩の財政を立て直そうと奔走し始めた

(2023.3.25)780円文春文庫20229

お腹召しませ

表題作とともに、6編の短編が収められている。江戸時代末期から明治時代初期を時代背景にした侍の生き方を見つめ直す話が連なる。著者本人の曽祖父が家族に遺した話を元にするというスタイルをとっている

(2021.11.30)中公文庫20089590

天子蒙塵4

イギリスに逃れた張学良が帰国する。蒋介石の副官として軍隊を指揮するために。父親を殺された日本への敵愾心を胸に中国の統一を願う。大清帝国の最後の行程だった宣統帝は、関東軍と日本政府の庇護を受け東北の地に建設された満州国の執政から皇帝に戻るべく画策していた。阿片中毒が進む溥儀の妻は誰の子どもかわからない赤子をはらむ。憲法も法律も整備されていない満州国で政治の中心にいる者たちにはなんら権限はなく、関東軍の許可がなければ何も実行できない状態が続く。満洲国籍を阻止する関東軍の狙いは本土から満洲へ逃れる多くの日本人が満州人に帰化することだった。白人帝国主義の犠牲になり中央政府が存在しない中国では蒋介石の革命国民軍が形式上は大きな存在だったが、軍閥の寄せ集めに過ぎない実態から統制はきいていなかった。ロシア革命の影響を受けた中国ソヴィエト共産党が少しずつ勢力を拡大し始めた

2021.8.19)講談社文庫 20216780

天子蒙塵3

張学良は阿片中毒に侵され中国を離れた。父の張作霖が関東軍によって暗殺されたことを知り、蒋介石の国民党軍に東北の地を譲渡し中国の統一を優先した。馬占山のように最後まで関東軍と国民党軍に対抗する武将もいたが、多くのかつての張作霖の部下たちは散り散りになった。紫禁城を追われて天津に逃げていた宣統帝こと愛親覚羅溥儀は大清帝国の復活を信じて満洲国の執政になった。後に帝政へ移行するという関東軍の口約束を信じたが、関東軍は満州国の首都新京から溥儀を北京に戻すことは認めなかった。梁文秀と同期の王逸はやがて中国を武力統一する紅軍を起こす少年期の毛沢東の家庭教師になっていた。関東軍の独走を止めるために本国から派遣された武藤司令官は粛清された者たちの陰謀により病死する

2021.8.14)講談社文庫 20216780

天子蒙塵2

陸軍から離れ関東州に派遣された部隊に過ぎなかった関東軍は、日本の政府からも陸軍省からも離れた独自の陰謀で中華民国建国後の大陸を支配していく。192864日張作霖爆殺事件は関東軍の仕業だったが、関東軍は中国人によるテロと決めつけた。その後の独走を本国ではいさめるべく派遣軍の責任者たちを更迭していく。張作霖の部下だった馬占山将軍は最後まで抵抗を続け、満州国の軍司令官を引き受けたと見せて軍資金を奪い辺境の地に脱出した。米英の国際連盟使節団が大陸を調査し満州国は日本の傀儡に過ぎず建国は認められないとする報告書を発表。同時期に日本は満日議定書を交わし、満州国を独立国家として承認した。清帝国最後の皇帝溥儀は満州で執政官となり、やがて清王朝の復活を目指すことにした

2021.7.15)講談社文庫 20215780

天子蒙塵1

父親の張作霖を日本軍の陰謀によって爆死された息子の張学良は東北軍の総帥として国民党軍の蒋介石対峙していた。しかし列強に大陸を踏みにじられている最中に内戦を起こせば、いよいよ主権は崩壊して植民地となることが明確だった。張学良は蒋介石と戦わずして軍門に下り戦場で病を患った。そのまま病院暮らしを続けて、イギリスへと亡命を企てた。昭和8年、朝日新聞社の北村記者は清王朝の太監だった李春雲を訪ねて、皇帝溥儀の妃だった文繡への取材を申し込んだ。文繡は妃でありながら、裁判で正式に離婚を成立させ自由人となっていた。当時の中国や日本で女性の人権は弱かった。そんな時代に妃の地位を捨てて庶民を選んだ文繡の生き方を日本女性に知らせたかったのだ。文繡は中華民国成立後も紫禁城内部では清王朝の暦が流れ、権威も武力も無くなった王族や皇族たちの異常な暮らしぶりが続いていたことを告白する

2021.7.12)講談社文庫 20215800


神坐す山の物語

奥多摩は御嶽山の神官屋敷。著者が子どものころに聞いた話をもとにした怪談めいた物語。しかしそこにはついこないだまで、日本社会に生きる人たちは神とともに自然と調和した生き方を受け入れていたと気づかされる。 (2018.7.8) 双葉文庫 201712月 593


マンチュリアン・リポート

青年将校、志津は軍部を批判した文書を書いたために収監されていた。その文章を帝が目にとめ、密かに志津が呼び出され自分の目で帝に直接満洲での張作霖爆殺事件を調べるように命令された。中国に渡った志津は関係者と面談しながら、関東軍が満洲での権益を確保するために張作霖を暗殺したと確信していく。これで、日本政府や日本軍隊は勲も名誉もない、ただの人殺しに落ちたと嘆く。張作霖が乗車した蒸気機関車「アイアンデューク号」。蒸気機関車が精神を抱いて、暗殺された張作霖と語る。天皇への報告書と蒸気機関車の語りという異次元の表現によって、激動の中国清朝末期から張作霖暗殺までの時代がつづられている。「蒼穹の昴」「中原の虹」「珍妃の井戸」に続く近代中国シリーズの新しい幕開けだ。 (2017.7.28) 講談社文庫 20134月 629


珍妃の井戸

光緒帝の側室だった珍妃。義和団事件で帝国主義列強が北京を蹂躙した時、密かに何者かによって暗殺された。紫禁城奥の小さな井戸に落とされて妃は絶命した。その謎を解くべく、イギリス・ドイツ・フランス・日本の4人の貴族が選ばれた。西太后と光緒帝の対立を煽った側近たちは、やがて袁世凱の裏切りによって光緒帝謀反事件へと結びつけた。光緒帝は幽閉され、珍妃は冷宮という牢獄に閉じ込められた。だれがそのような措置を強行したのか。なぜ二人は引き裂かれたのか。調査団は当時の関係者から証言を得ながら真実に迫っていく。 (2017.7.18) 講談社文庫 20054月 740


蒼穹の昴(4

光緒帝の貢献だった楊が西太后のお抱え将軍、ロンルーらの陰謀で暗殺された。殺されたことを秘匿し続けた梁たちは、西太后暗殺計画を実行する。しかし、計画はすんでのところで失敗し、ロンルーらによるクーデター派追討の粛清が始まった。世界各国の記者らが集まる記者クラブで日本の岡は、アメリカのトーマスとともに、梁を日本へ亡命させるために奔走する。 (2017.7.8) 講談社文庫 200410月 590


蒼穹の昴(3

ただいま読書準備中(2017.7.8) 大清国を帝国主義列強は分割統治すべく進出を狙う。李鴻章のみ、私心を捨て、私財をなげうち、外国との交渉にあたるが、官僚機構が崩壊し、王朝は末期の悲鳴をあげていた。そんなとき、西太后を暗殺する計画が練られていく。 講談社文庫 200410月 590


蒼穹の昴(2

梁文秀は科挙に合格し、中央政界で官吏として能力をふるう。義兄弟の春児は宦官として宮廷に仕え、西太后の目に留まり、若くして宦官の最高位へと昇り詰めていく。西太后は甥の光緒帝に政治の実権を渡し、自らは隠居しようとするが、取り巻きたちがそれを許さない。 (2017.7.2) 講談社文庫 200410月 590


蒼穹の昴(1

梁文秀は、つねに兄に比較された生き方をしてきた。優秀な兄に比べて、まったく使い物にならない弟として。そんな文秀が読書人最高位の科挙の試験に合格して周囲を驚かせた。幼い頃から文秀と遊んできた貧しい李春雲は、文秀の付き添いで試験が行われた都へと行く。そこで春雲が見たのは、貧しさゆえに男を捨てて宮中に仕える宦官の姿だった。占い師の白太太が春雲の将来はやがて中華すべての富を手にするだろうと予言した。そのためには金も学もない春雲は宦官になるしかなかった。家に戻った春雲は自分の力で浄身し、やがて宮中での生活を始めることになった。西太后は、幼い帝の後見として絶大な権威を維持し、宦官と将軍を手中にし、大清帝国末期の混乱を一手に引き受けていた。いま若き光緒帝らが儒学者の楊を中心に、西太后から政権を引き戻そうとしていた。 (2017.6.25) 講談社文庫 200410月 590


ライムライト
天切り松闇がたり5

昭和75月。チャップリンが来日した。神戸から上陸し特急「燕」で東京へ。犬養毅首相による晩餐会へ出席する予定だった。しかし、白井検事総長は軍部に不穏な空気を感じていた。そこで目細の安吉へ、チャップリン擁護ができるかどうかの喧嘩を売る。百面相の書生常は、頼まれた仕事を断ることができない。売られた喧嘩には命がかかっていた。514日、帝国ホテルに宿泊したチャップリンは常と会って、自分の代わりに晩餐会へ参加するよう頼んだ。すっかりチャップリンに変装した常は、松蔵を通訳として晩餐会へ望む。海軍の若手将校と陸軍士官学校学生たちによるテロリズムが始まろうとしていた。 (2017.5.14) 集英社文庫 20169月 560


中原の虹(4)

袁世凱が皇帝になる。その前に共和国を樹立させようとした宋教仁は議会選挙を実施して与党を勝ち取った。わが勲は民の平安。張作霖と同じ願いを人民に訴えた上海の夜、何者かに暗殺された。これを契機にして人民の怒りは袁世凱に向かう。ついに彼は憤死してしまう。満洲にあった張作霖は、ついに長城を越えて、中原の覇者を目指す。 (2017.1.31) 講談社文庫 201010月 695


中原の虹(3)

大清帝国最後の皇帝である宣統帝の誕生によって袁世凱は国元に蟄居させられていた。宦官や皇族らによる政府は、ロシアやヨーロッパ列強、日本による植民地化に対してなんら有効な手立てを講じられなかった。東北三省は実質的に張作霖が王として支配する独立行政単位になっていた。北洋軍をコントロールできるのは、北洋軍を創設した袁世凱以外にはいないという理由で彼は再び北京に戻った。そこで勅命を賜ったとき、自分への全権移譲を願い出て、皇族内閣を崩壊させた。 (2017.1.28) 講談社文庫 201010月 695


中原の虹(2)

奉天近くにロシア軍の残兵が夜盗まがいの強奪を繰り返していた。張作霖は列車を強奪した残兵らを襲い、匿った村ごと壊滅させた。列車を強奪した一派のなかに、若きリーダーの元妻もいた。しかし、リーダーは敵に寝返った妻をその場で射殺した。袁世凱は満洲での張作霖一派の巨大化に脅威を感じていた。そして、近郊の敵を討つべく、張作霖を司令長官とする大軍隊を奉天に派遣した。馬賊の頭が軍隊のトップになることが面白くない将校たちは、適当な戦いをして張作霖を追い落とそうと画策した。その陰謀を見抜いた張作霖は陰謀のトップを撃ち殺す。同じころ、北京の紫禁城では大清帝国の西太后が最期の時を迎えようとしていた。己の寿命と病気を悟った西太后は幽閉している光緒帝を復権させずに、まだ幼い孫を大清帝国最後の皇帝に命じた。 (2017.1.17) 講談社文庫 20109月 695


中原の虹(1)

北三条子の浪人市場で李春雷は自分を一千元という高値で買った満洲馬賊の大親分である張作霖とともに吹雪の平原を疾駆していた。互いの馬は吹雪をものともしないほど鍛えられていた。「天命をとりにいく」という張作霖の命に従った部下たちは、とっくの昔にねぐらの新民府へ戻ってしまった。やがてたどり着いた場所は、清朝皇帝の祖先が眠る墓だった。張作霖は墓を守る衛視たちを皆殺しにして、墓から龍玉と呼ばれているひとの頭ほどもあるダイヤモンドを盗んだ。代々、中国の皇帝が受け継いできた龍玉は、その価値がないものが手にするとそのものを吹き飛ばす力があるという。龍玉を手にした張作霖に変化はなかった。李春雷は、張作霖がやがて満洲の覇権を握ると確信した。愛新覚羅の血を引く清朝は、すでにロシアと日本によって侵略をほしいものにされていた。光緒帝は西太后によって幽閉され、北京の中央政府は権力機能を失っていた。満洲を支配する北洋軍は奉天を根拠地にしながらも、近くの新民府をねぐらにする張作霖らから逃れることはできなかった。 (2017.1.11) 講談社文庫 20109月 629


輪違屋糸里・下

京都守護職松平容保は、ついに近藤たちに芹沢鴨の処分を命じた。土方が参謀になって綿密に暗殺計画が練られた。自分が恋する輪違屋糸里を芹沢の守役である平間の女にして、相手を油断させた。新選組が島原で総揚げにしての大宴会を開催した。幹部たちは壬生に戻り、飲みなおした。戻った壬生には夫と別れた女房を殺してきたお梅が待っていた。台所では糸里と吉栄が酒とつまみを用意していた。糸里は土方から渡された痺れ薬を芹沢と平山の酒に混ぜた。すべてが首尾よく運び、芹沢は沖田らによって暗殺された。平山の子どもを宿した吉栄は、平山の暗殺に手を貸した。後日、近藤らとともに松平容保に呼ばれた糸里は謁見の場で堂々の発言をする。平山を殺す手助けをした吉栄の向後を助けてやってほしいと。会津藩の後ろ盾を得て、糸里は桜木太夫として島原の頂点に立った。吉栄は「おゆき」に名を変えて糸里の故郷「小浜」で子どもを産んだ。子どもには「おいと」という名前をつけた。 (2016.12.11) 文春文庫 20073月 590


輪違屋糸里・上

会津藩藩主松平容保に京都守護役が命じられた。京都では幕府を倒して外国勢力を駆逐せよという尊王攘夷思想が吹き荒れていた。幕府は京都守護職を警護するという名目で江戸市中で浪士を募った。まともな給金も与えないで京都に送り、壬生の住人に浪士らの衣食住の面倒を被せた。島原の輪違屋糸里は天神という位から太夫へと昇りつめようとしていた。壬生浪士たちが代金を踏み倒して島原遊びをする相手をいやいやしなければならなかった。局長の芹沢鴨らの狼藉をだれも咎めることができなくなっていた。糸里が思いを寄せていた土方は自分を芹沢の守役である平間へ与え、糸里は土方のためになるならと平間と肌を重ねていく。 (2016.12.7) 文春文庫 20073月 552


王妃の館・下

王妃の館で晩餐をした一行は館にまつわる昔話を耳にする。それはルイ14世がフランス人愛妾ディアナとの間に産んだ太陽の子にまつわる話だった。将来の国王にふさわしい人格をそなえながら、スペイン国王の娘と政略結婚をしたルイは太陽の子を宮殿から放逐せねばならなかった。やがて太陽の子が成長したのち、正式な王太子が頼りにならなかったので、国王はスペインとの戦争を覚悟してクーデターを完遂する。そこまでして迎え入れようとした太陽の子は、父親の前にひざまずき、自分の覚悟を告げた。2つのツアーの客はこの話に感銘を受け、自分たちが詐欺に遭ったことを許しあい、新しい人生を築くための決意を固めた。 (2016.11.19) 集英社文庫 20046月 619


王妃の館・上

月末の決済で必要なお金が足りなくなった旅行者が苦肉の策で考えた詐欺まがいのツアー。フランス・パリはヴォージュ広場にある王妃の館に10日間連泊する企画。光ツアーは一人190万円。影ツアーはひとり19万円。同じところに宿泊するのに値段が十倍も違う。そして二つのツアーは宿泊部屋を共有するという大きな危険をはらむツアーだった。もちろん参加する客にはそのことは伝えられていないが、影ツアー添乗員の戸川は、秘密を隠し通す自信がなく、パリに着いたとたんに貧血で倒れてしまう。光ツアー添乗員の朝霞は別れた妻だった。同じ部屋を価格の異なるツアー参加者が時間帯をずらして使うという危険な旅が始まった。そこには王妃の館としても、近年の観光客離れで経営的に苦しいという事情が重なっていた。 (2016.11.13) 集英社文庫 20046月 680


活動寫眞の女

三谷薫は東京大学が学生紛争でロックアウトされてしまったので、京都大学を受験し合格した。京都での一人暮らしを始めた薫は、太秦の映画会社のアルバイトを始めた。古いフィルムを整理し、買収先のテレビ局へ納める仕事だった。アルバイトでエキストラをしたとき、同じ下宿の早苗と、映画館で知り合った友人の清家とともに、何年も前に死んだはずの美人女優、伏見夕霞と出会ってしまった。死んでしまった夕霞の魂が撮影所に残っていて、日ごとにセリフの練習をしていたのだ。 (2016.10.26) 双葉文庫 20005月 552


鉄道員

奇蹟をテーマにした短編集。表題の「鉄道員」は「ぽっぽや」と読む。第71回直木賞受賞作品。北海道の美寄駅を出発した単線は終点の幌舞駅まで日本で最後まで残った気動車キハ12が走る。この単線は、年内をもって廃止が決まっていた。幌舞駅駅長の乙松も、廃止とともに定年を迎える。乙松はかつての後輩機関士である仙次から、系列デパートへの再雇用を打診されていたが、迷うことなく断っていた。乙松は鉄道員として人生を全うし、多くの後輩鉄道員を輩出した。仙次もそのひとりだったが、いまでは本社に息子を勤務させ、自分は大きな美寄中央駅の駅長をしていた。最終列車に乗って乙松の勇退を見届けるつもりだった。大晦日の幌舞は降り続く雪であたりは見えなくなっていた。それでも乙松はホームの端に立ち、到着する気動車に敬礼をしていた。翌朝まで仙次と乙松は狭い駅舎で語り続けるつもりだったが、深夜を前に仙次は眠りに入った。乙松は小さな女の子が遅い時間に忘れ物をしたと駅舎を訪れた音に目覚めた。トイレを貸して戻ってみると女の子は消えていた。少し立つと、もう少し大きな女の子がさっきの少女の忘れ物を受け取りに来た。しかし、その女の子もいつの間にか消えていた。朝になって、地元高校のセーラー服を着た少女が駅舎を訪れた。きれいな三姉妹が暮れに里帰りをしているのかと乙松は思った。しかし、その少女たちは、かつて生まれてすぐに亡くなった娘の成長した姿だったのだ。 (2016.10.14) 集英社文庫 20003月 476


五郎冶殿御始末

明治元年に生まれた岩井五郎治は、没落していく武家の跡取りとして明治新政府では三重県に雇われて、桑名藩に仕えたひとたちの行く末を提供する仕事を任された。いまでいう合理化だが、最後のひとりの始末を終えたのち、桑名の家にあった家財道具一切を売って、岩井家の始末をはかった。孫とともに過ごす日々。五郎治は最後まで官軍と戦って死んだ息子の形見として孫を育てたが、岩井家の始末を終えて、孫に実家へ戻った母のもとへ行くように命じた。孫にはわかっていた。自分を送り届けたのち、この祖父は自害して御始末をつけようとしていることを。だから、別れのそのとき、五郎治とともに死出の旅立ちをすると宣言し、五郎治は心中を決意した。ふらふらと城下を離れ、人の目に着かない土地までたどり着き、いよいよ刺し違えようとしたその時、かつて五郎治とかかわりのあった商人が間に入って心中を押しとどめた。1000年続いた武士の時代に始末をつけようとしたひとたちの短編集。表題作のほかに「椿寺まで」「箱館証文」「西を向く侍」「遠い砲音」「柘榴坂の仇討」を収録。 (2016.9.20) 中公文庫 20061月 590


ハッピー・リタイアメント

財務省を勧奨退職した樋口。自衛隊を定年退職した大友。ふたりはともに天下り機関のJAMSに再就職した。そこは政府の肝いりで中小企業の焦げ付いた融資を金融機関に肩代わりをするところだった。返済可能なところからは返済を求めるが、時効が成立しているところからは債権放棄の手続きをする。樋口と大友が再就職した神田分室は、債権放棄の手続きをするところだったので、日々ほとんど仕事らしい仕事がなかった。庶務課の立花はふたりの教育係を担当したが、これまで見てきた多くの天下りと違って、仕事にやる気のあるふたりに次第にはまっていく。自分自身も銀行が破綻したときに、理事の矢島の引きでそこに再就職していた。銀行破綻の裏で当時財務省銀行局長だった矢島が暗躍した過去を立花は知っていた。それを隠すために矢島は立花を高収入で囲ったのだ。そんな矢島に一矢を報いるために3人の大仕事が始まった。債権放棄の手続きに行くと何人かは逆にきちんと返済をすることを知った3人は、返済された金をそのまま横領し、やがて海外への逃亡を企てていたのだ。 (2016.5.30) 幻冬舎文庫 20118月 600


月島慕情

ミノは巳年生まれだからミノと名づけられた。自分の名前が嫌いだった貧しい農村の娘は、やがて人買いに売られて吉原で育てられた。成長して御職になり、生駒太夫と呼ばれた。その太夫を引き受けてくれる男が現れた。無口で感情をあまり表に出さない男だった。月島に住むその男は親分から借金をしてまで太夫の身請けを決心した。二度と苦界から出ることはないと信じていたミノに夢が訪れた。着物を脱いで洋服を着て、身請け前のミノは男の住む月島を訪ねた。自分がこれから近所づきあいを始めていく町のたたずまいを覚えたかった。すると幼い男女の子どもが肉屋の前で泣いていた。貧しさから母親からもらった金では肉が買えなかったのだ。ミノは自分の金を足して買い物を手伝う。「見知らぬひとから施しは受けられない」という子ども。ミノは自分が母親に説明するからと、その子どもたちの家に向かった。このほかに「供物」「雪鰻」「インセクト」「冬の星座」「めぐりあい」「シューシャインボーイ」を収録。 (2016.3.26) 文春文庫 200911月 543


一路(下)

難所の和田峠を越えた一行は途中お殿様の発熱で予定変更を迫られた。これ幸いにお家転覆を狙う後見役とその一味は医師に毒を盛らせようとする。しかし、自分がだまされていたことを知った医師は逆に効果的な薬でお殿様を治そうとした。江戸に到着が遅れることを知らせるために地元の早足で遠足の強者の協力を得ることができ、供頭は安心する。翌日は江戸に無事到着というぎりぎりのとき、渡し船にお殿様と後見役一味のみが乗船する。お殿様は川の上で自分が水に飛び込むので、これまでの恨みを許すように迫る。そこに同情していた渡世人の浅次郎。かつて父親が後見役の仕打ちにあってお家断絶の過去があった。ここで敵を果たすべく、一瞬のうちに後見役の首をはねた。一行は無事に江戸に到着した。家来が途中で死んだという不幸によって、幕府からお咎めを受けるのではないかと心配していたが、道中めどきに身をやつしたお庭番からの報告によりお殿様はうつけ者ではなく賢者だと言うことが上様に伝わり、お家騒動はお咎めなしになった。そのかわり、お殿様を幕府要人に引き立てるという上様からの命令を、お殿様は身に余るものとして断ってしまう。 (2016.2.25) 中公文庫 20154月 640


一路(上)

西美濃の交代寄合である薪坂左京太夫が参勤のため江戸に参上することになった。毎年、行列の供頭をしていた小野寺は自宅で焼死した。急遽、江戸屋敷から19才になった嫡男の一路が国表に呼び出され、父のかわりに供頭を任じられた。生前に父から供頭の心を何も学んでいなかった一路は自宅焼け跡から行列の心得を発見し、戦国の昔によみがえったような参勤行列を復活させた。行列が江戸へ向かう途上、後見役の薪坂将監が謀反を企てているとの噂を知った一路は、だれが見方でだれが敵かを探りながらの旅となった。 (2016.2.22) 中公文庫 20154月 640


オー・マイーガアッ!

大前剛は知人と始めた会社が倒産し、債権者から追われる身になっていた。知人は旧知の友だったが、早くから会社の金をギャンブルに使い込み、責任を専務の大前にかぶせて逃げてしまう。生か死か。それだけを胸にラスベガスに乗り込んだ大前は、スロットマシーンで5400万ドルの大当たりを出す。しかし、このスロットマシーンのネットワーク管理会社は、それだけの賞金を支払う金の余裕がなかった。そこで、ヒットマンを使って当たりを出した者を消してしまおうとする。 (2015.6.19) 集英社文庫 200411月 762


シェエラザード

太平戦争末期。19454月。帝国郵船所有の弥勒丸。太平洋航路を運行するはずだった当時としては最高級の豪華客船は、陸軍の徴用船としてソビエトのナホトカから日本軍に囚われたひとたちへ食料などの物資を運ぶ赤十字船になっていた。船長以下乗組員はすべて帝国郵船の社員だったが、徴用と同時に軍属の扱いになっていた。アメリカ政府が赤十字を通じて打診した人道的扱いを日本政府が受諾して、弥勒丸は敵を援助するための航海を続けていた。そこにはあらゆる攻撃を受けないこと、あらゆる臨場検査も受けないことという特権が与えられていた。逆に言えば、援助物資以外のものを運んでも目をつぶってもらう特権だった。大本営の一部と暴走した陸軍首脳は、帰途荷物を下ろした弥勒丸に東南アジアの人々から詐欺同然で集めた多くの金を積み込み、上海に運ぶ計画を実行した。船と運命をともにするひとたちには何も知らされていなかった。予定した航路を運行するから特権が与えられていたのに、予定外の行動をすることは破滅を意味した。だから、狂った軍隊の上層部は日本へ帰還したいと申し出た民間人をぎゅう詰めにして人間の盾として敵からの攻撃を防ぐことを考えた。しかし、航路を変更し、上海へ向かった弥勒丸は月明かりのなか潜水艦の待ち伏せを受けていた。(2014.10.26) 講談社文庫 200211月 上下ともに619


カッシーノ2

カッシーノ1!の続編。(2014.9.19) 幻冬社文庫 200711月 648


カッシーノ1

作者がモナコを訪れてカジノ三昧をするルポ。(2014.9.19) 幻冬社文庫 20078月 648


歩兵の本領

1970年頃の高度経済成長期の自衛隊に入隊したひとたちの青春物語。就職先はいくらでもあったのに、なぜ自衛隊で刑務所のなかと同じような生活をしなければならなかったのか。そういう集団になじんだり、抵抗したりした若者たちの話を短編集としてまとめている。戦争放棄をうたった憲法では軍隊は必要なかった。それなのに、自衛隊という旧軍隊とまったく同じような規律と戒律のもと生活を続けるひとたち。その暮らしぶりや演習の実際を小説のなかで具体的に紹介している。チレンと呼ばれる勧誘隊の甘言に乗せられて入隊したはいいけれど、なかでは上官や先輩からの暴力と命令が待っていた。その不合理さに悩むことよりも、それ以上のつながりや愛情を感じていく一等陸士たち。任期終了の2年目を前に除隊の決意をした隊員が、除隊留保を迫る上官との葛藤を描いた「歩兵の本領」を含む9編の物語。 (2014.9.12) 講談社文庫 20044月 571


一刀齋夢録(上下)

新撰組副長除助勤で三番組隊長の齋藤一。幕末を生き抜き、明治になってからは名前を変えて、警視庁に入庁。西南の役では、会津の恨みをはらすべく九州に乗り込み、居合いをふるう。明治天皇崩御の年、近衛兵の梶原が隠居の齋藤を訪ねる。明治天皇とともに自決した乃木大将。乃木のことをどう思うかと梶原に問われ「愚かな男だ」と一蹴する。長期休暇のすべてを齋藤のもとに通い、梶原が耳にした幕末の動乱は、それまで梶原が軍隊で教わったものとは違っていた。「歴史は勝者が作るが、事実はそこに生きた者が知っている」という齋藤が語る幕末の殺し合い。浅田次郎が描いた新撰組の三部作。そのラストを飾る壮大な物語だ。 (2014.7.25) 文春文庫 20139月 上640円下670


姫椿

表題の姫椿を含む短編集。(2014.7.5) 文春文庫 20039月 514


地下鉄に乗って

真次は同窓会に寄った後、地下鉄に乗って家路に着いた。乗り換え駅で方向感覚を失い、気づくと東京オリンピック開催の1963年の東京にいた。タイムスリップしていると気づくのに時間はかからなかった。真次の兄は高校3年のとき地下鉄に飛び込んで自殺した。父と衝突したことが理由だった。兄の自殺を寸前で思いとどめた真次は再び地下鉄を使って現代に戻る。しかしそこに兄の姿はなかった。同じ会社に勤める恋人のみちこに事情を説明すると、みちこも同じ体験をした。現代と過去を往復しながら真次はアムールと呼ばれた男と出会い、彼の仕事を助けるようになった。みちこは自分を産んだ母にたどり着き、知らされなかった父の存在に愕然とした。(2014.6.24) 講談社文庫 199912月 552


プリズンホテル
4

木戸孝之介の作品が「大日本文芸大賞」にノミネートされた。大賞の受賞を疑わない編集者や本人は受賞の瞬間をプリズンホテルで迎えようとする。ホテル前庭の桜に「放免桜」と花沢支配人が名付けた。戦前に朝鮮人をいたぶっていた憲兵を2人も殺した小俣が懲役52年という服役を終えて釈放になった。小俣は木戸組の仲蔵親分が所属する桜会を率いた先代の舎弟だった。任侠の世界では伝説的な男だった。小俣は放免の疲れをいやすためにプリズンホテルを訪れる。そんなとき、長く木戸を支えた富江が行方をくらました。そのショックから立ち直れない孝之介は、ホテルの女将で実の母を責め続ける。(2014.4.27) 集英社文庫 200111月 686


プリズンホテル
3

ふだんは客がめったに来ない上州の「奥湯元あじさいホテル」。板長の梶をリーダーとした山岳部が作られていた。そこに伝説の岳人「武藤」が訪れた。単独で大神楽岳登頂を目指す途中で自殺志願の少年を救助したので、ホテルに預けに来たのだ。伝説の岳人に少しでも氷壁の登り方を教わりたい梶たちは、勇気を出して、武藤に弟子入りを頼み込む。(2014.4.19) 集英社文庫 20019月 552


プリズンホテル
2

奥湯元あじさいホテル。関東桜会直系の木戸組が経営しているホテルは、通称「監獄ホテル」つまりプリズンホテルと呼ばれている。警視庁青山署の慰労会で場所を探していた渡辺巡査部長は、いつも宴会で大騒ぎをする参加者を受け入れてくれるホテルがあるかどうかを心配していた。そんなとき、偶然に奥湯元あじさいホテルの広告を発見した。うらぶれた旅行会社に問い合わせると、大歓迎とのことだった。一人1万円計算の安価な旅行で大騒ぎをするひどい集団なので、幹事として場所が確保できて安心した。同じ時期に木戸組の弟分にあたる大曽根組が、組員の送別のために大宴会を入れていた。こちらはひとり20万円程度の高額プランだった。頭を悩ませたのは厨房だった。宿泊客にサービスで差をつけてはいけないとはいえ、1万と20万とでは同じにする方が不公平になるという矛盾をかかえた。(2014.4.12) 集英社文庫 20017月 722


プリズンホテル
1

奥湯元あじさいホテル。極道小説「仁義の黄昏」で有名になった作家の木戸孝一郎は、パンツ職人だった父が死んでからは、父が残したパンツをずっとはいていた。母は孝一郎がこどもの頃に若い男と逐電していた。木戸の血筋を引く一族は死に絶え、残ったのは父の弟の仲蔵叔父のみだった。仲蔵はやくざの親分で、父の法事で顔を合わせた孝一郎に、リゾートホテルを開業したので来訪するように声をかけた。「弟とは関係をもつな」という父の遺言に反して孝一郎はホテルに恋人の清子を連れて訪れる。するとそこは、仲蔵の一家がそっくり営業する極道専門としか思えないホテル「プリズンホテル」だった。支配人の花沢は有名ホテルチェーン「クラウンホテル」でマジメを絵に描いたような仕事振りで閑職を転々としていた。その履歴にこころ打たれた仲蔵の引きで「あじさい」の総支配人を仰せつかっていた。台風が接近した夜。あじさいでは仲蔵の弟分に当たる桜会大曽根一家が泊り込んでいた。そこに定年退職祝いで訪れた老夫婦。妻は旅行の中で離婚届を夫に叩きつけようとしていた。町工場が借金で押さえられ、一家心中の最後の場所を求めて宿泊していた家族連れ。人を殺して懲役刑を終え、泊り込んでいた曰くありげなやくざモン。かたぎややくざが入り乱れて、台風が接近する夜から翌未明にかけて、大事件が同時進行する。 (2014.4.6) 集英社文庫 20016月 552


沙高楼綺譚

都会の高層マンション。その最上階に沙高楼がある。夜な夜な主の招待を受けた者のみが集まり、これまで胸に秘めてきたとっておきの話を語る。ここで聞いたことは決して口外してはいけない。ここで語ることに誇張があってはいけない。この2つの決まりだけ。小鍛冶・糸電話・立花新兵衛只今罷越候・百年の庭・雨の夜の刺客が語られる。 (2014.3.21) 徳間文庫 200511月 629


日輪の遺産

太平洋戦争中、日本軍はフィリピンを占領した。そのときマラカニアン宮殿から黄金や財宝を奪取した。それらはそれ以前に植民地化していたアメリカのマッカーサーが密かに蓄えたものだった。19458月、奪取した財宝を戦後日本の復興に役立てるために密かに隠蔽する計画が実行された。近衛師団の真柴少佐は何も知らないまま将軍に呼ばれ、隠蔽計画を託された。同じく小泉中尉も真柴の片腕になった。そして戦地から戻った軍曹も、彼らの手足となって動く。それらは貨車に詰まれ奥多摩の爆弾製造工場へと密かに運ばれた。実務には埼玉の女学生が動員された。彼女らは野口教員と伴に実務を担当した。野口にも女学生にも、隠蔽物は新型の爆弾であると説明された。そして無事に814日に隠蔽が完了した。真柴に最後に届いた命令は、隠蔽の実務を担当した女学生らを青酸カリを使って毒殺せよとのことだった。命令の変更を申し出るために、真柴はポツダム宣言受諾前日の東京に向かう。するとそこには宮城を占拠して戦争を継続使用とする一部将校たちがクーデターを実行していた。命令を出した将軍たちは、次々と殺されるか自決していた。阿南大将の自決に立ち会った真柴は、命令の変更を許され、15日に隠蔽場所に戻った。女学生らの殺害をとどめることができたのもつかの間、殺害に使用するはずだった青酸カリがなくなっていた。女学生らは密かに青酸カリの存在に気づき、自ら集団で命を絶っていたのだ。 (2014.3.1) 講談社文庫 19977月 752


昭和侠伝盗
天切り松闇がたり4

「昭和侠盗伝」「日輪の刺客」「惜別の譜」「王妃のワルツ」「尾張町暮色」。寅兄ィが愛おしく育てた勲に赤紙が来た。勲の母親は夫を中国での戦争で亡くしていた。父母が健在で家長のところには赤紙は届けられないと言われていた。つまり、父のいない勲だからこそ、赤紙が送られてきたことになる。寅兄ェは我慢がならない。親分の安吉に相談する。しかし、ふたりして天下国家を相手にして赤紙を取り消す方策は思いつかなかった。それに焦れた松蔵が「自分に任せてほしい」と啖呵を切る。ふたりは「たまには若い連中の腕前を見物しようぜ」と仕込みを許可する。松蔵に腹案があったわけではない。帝国ホテル最上階の特別室に暮らす東京帝国大学本多教授を訪ねた松蔵は、事情を説明した。百面相の常、あるいは書生常こと本多教授は松蔵の話を聞いて、計画を練った。武功抜群の軍人が賜る金鵄勲章、大勲位菊花大綬賞、大勲位菊花章頸飾を奪い取り、上海事変で爆弾を抱えて敵門に突っ込み肉弾と散った三勇士の銅像除幕式で、披露するというものだった。そして勲の出陣の日が来た。寅兄ィは勲の耳元で告げる。「死んで軍神になるくれえなら、生きて卑怯者になれ。いいな、イサ。おっちゃんと約束しろ」と。さらに言う。「悪いのは俺じゃなくって、大日本帝国だ。わかってくれ、イサ。どんなやぶれかぶれの世の中だって、人間は畳の上で死ぬもんだ」。(2014.2.8) 集英社文庫 20083月 552


初湯千両
天切り松闇がたり3

「初湯千両」「共犯者」「宵待草」「大楠公の太刀」「道化の恋文」「銀次蔭盃」(2014.2.8) 集英社文庫 20056月 552


残侠
天切り松闇がたり2

師走。御用納めが過ぎた留置場。松蔵は署長の頼みを聞いて、年末の点数を稼がせるために収監されていた。最近では看守や非番の刑事たちは、松蔵が闇語りを始めるとなるとこぞって、留置場に押し寄せていた。「残侠」「切れ緒の草鞋」「目細の安吉」「百面相の恋」「花と錨」「黄不動見参」「星の契り」「春のかたみに」を収録。父親が死んだ。弔いを出すという安吉親分の心意気を無下にした松蔵は、破門されてしまう。吉原の投げ込み寺に父と母の骨箱を下げて訪ねた。そこにはだれが建てたか姉の小さな墓ができていた。安吉親分の心意気に触れて、松蔵はこころを入れ替える。(2014.2.1) 集英社文庫 200211月 552


闇の花道
天切り松闇がたり1

大正ロマン華やかだった時代。目細の安吉一家で育てられた松蔵の物語。「闇の花道」「槍の小輔」「百万石の甍」「白縫華魁」「衣紋坂から」を収録。天切りと呼ばれる窃盗。大金持ちの屋敷に忍び込み、屋根の瓦を外し、天井から忍び込む。博打で身を滅ぼした父、病死した母、吉原に売られた姉。不幸と貧乏の果てに松蔵がたどり着いた新しい家族こそが、安吉一家だった。 (2014.1.24) 集英社文庫 20026月 514


憑神

幕末の江戸。御徒士(おかち)の別所彦四郎は、婿入りした家から追い出され、実家に出戻っていた。兄嫁からいびられながら肩身の狭い生活をしている。ある日、酔っ払って、川べりで転び、岸辺で濡れた。そのときに、川べりの草のなかに、小さな祠を見つけて合掌する。そこは、不幸の神様を祀る祠だった。最初に貧乏神が現れ、これ以上ないほどに彦四郎を貧乏にしようとした。しかし、彦四郎の人間性に触れた貧乏神は「宿替え」を提案する。ほかのひとに自分がとりつくというのだ。彦四郎は、自分を追い出した婿入り先の主にとりつくように頼む。果たして、主の家は火事を出し、お家断絶となった。次に登場した疫病神でも宿替えを頼み、自分の兄にとりつくように頼んだ。兄は謎の病に倒れ、家督を弟の彦四郎に継いだ。最後に登場したのは死神だった。さすがに死神の宿替えを頼むことはできない。時代は鳥羽伏見の戦いで幕府軍がさんざんな負け方をして徳川時代の終焉を迎えようとしていた。戦場にあって将軍の影役を引き継いできた別所家。彦四郎は自らに死神を託し、水戸に逃げてしまった15代将軍になりかわり、上野の山に乗り込んでいく。(2013.5.25) 新潮文庫 20055月 514


アクセスカウンター