7129.8/22/2014
大菩薩リベンジ...5
まったく同じルートを歩いているのに、天候が違うと別の場所に来たような気分だった。
大菩薩嶺から賽の河原へ続く稜線。
去年は何も視界が開けず、3メートルぐらい前がやっと見えた程度だった。
この稜線はほぼ2000mの高さで標高が一定している。
つまり2000mの高さに平らな道が続いているのだ。
当然、視界が開けていれば左右の眺望に足が止まってしまう。
ここにも日陰には残雪があった。
賽の河原と富士山。
江戸時代までは賽の河原を大菩薩峠と呼んでいた。
7128.8/21/2014
大菩薩リベンジ...4
山ではだいたい100mで気温が0.8度下がる。
2000mの稜線では湘南のような海に近いところよりも16度ぐらい低い計算になる。
実際には、風が強いので16度よりも下がっているように感じる。
また地表よりも気圧が低いので、血管が広がりやすい。
そのためアルコールは吸収が早い。
汗で放出した水分をお茶や水で補給しないとあっという間に脱水になる。
8:07。
大菩薩嶺登頂。
2057m。
いまもどうしてこんなに眺望のないところが百名山なのかがわからない。
頂上部の日陰にはまだ雪が残る。
7127.8/20/2014
大菩薩リベンジ...3
1年前は雨とガスのなかをひたすらに濡れながら歩いた。
今回は天候のリサーチが当たり、どこを見ても景観ばかり。
稜線近くで眼下を見下ろす。
甲州市の町並みと南アルプス。
南アルプスの手前から右側に甲府盆地が広がっていく。
かつて奥多摩川から汗水流して大菩薩峠を越えたひとたちは、この富士山を見て、疲れをいやしたのだろう。
7:48。
稜線の雷岩に到着した。
写真の右側が山梨、左側が埼玉。
湖は水が少ない。
眼下の小さな粒の一つ一つが家々だ。
夜はきっと夜景がきれいだろう。
7126.8/18/2014
大菩薩リベンジ...2
古いひとには中里介山の小説「大菩薩峠」で知られる。
中高年のひとには、左翼活動家らが軍事訓練をしたところを機動隊に鎮圧された「大菩薩峠事件」で知られる。
甲州と奥多摩とを結んでいた古くからの街道。
山荘「福ちゃん荘」。
6:53。
左翼活動家らはここに宿泊していた。
大菩薩嶺案内図。
秩父多摩甲斐国立公園の山々は湘南からは日帰り圏内だ。
唐松尾根ルートを選ぶ。
7:32。
福ちゃん荘を出発して30分ぐらい。
山梨側から見た美しい富士山が登場した。
爆裂火口が反対側なので、この姿はとても美しい。
山道は傾斜がかなりきつい。
7125.8/17/2014
大菩薩リベンジ...1
1年前に大菩薩嶺に入ったときは、登りはじめから、下山までずっと雨だった。
とくに頂上部では視界が閉ざされ、景色もなにもあったものではなかった。
ことしは、週間天気をチェックしながら、好天のときのみ出発という安全策を選択した。
5月17日。
午前4時48分。
登山口の上日川(かみにっかわ)峠。
南アルプスの頂上部にはまだ雪が残る。朝日を浴びて輝き始めた。
登山口にある山小屋。
ロッヂ長兵衛。
中央線「甲斐大和駅」からバスが出ている。
1日に5本というのは、こういう状況では多いほうだ。
さっきまでのオレンジ色が輝く銀色にかわった。
7124.8/16/2014
銀太の墓...6
浅田さんの実話は、もちろん人様の話が多い。
そして、その多くは悲劇だ。
大往生の葬儀話は少ない。
また、葬儀費用をけちるひとや、踏み倒すひとが、決して少なくないことも教えてくれた。
これらの実話は、ものすごい個人情報なので、とても公開はできない。
浅田さんが酔った弾みに語ったこととして、耳にしたひとたちのこころのなかに留めるようにしている。
でも、舞台や映画のプロデュースをしている飲んべえの東野さん(仮名)は、そういう話を耳にするといつもにんまりとする。
「ここに来ると、ネタの宝庫だ」
雑記帳に堂々とメモをする。
浅田さんには、定休日がない。
ただし、突然、平日とか関係なく、仕事がない日が続くこともある。
そういう日は、早い時間から酒屋でくつろいでいる。
浅田さんの最近の悩みは、会社の若いモンの扱いだ。
「連中な。こんだけ働いたんだから、もっと金を寄越せって考え方なんだよ。仕事を全部、金に換算しちゃう。チップだって、中身が少ないと、顔に不機嫌さを出しやがる。そういうのを俺は許せないから、頭をゴンってやると、パワハラって言われるんだ」
銀太の件は、浅田さんの会社では、だれも担当しようとしなかったのだろう。
葬儀全般の差配をする立場の浅田さんの仕事ではない。
しかし、浅田さんは仕事に軽重をつけない。どんな仕事でも、相手のことを考えて、誠意を尽くすことを大事にしている。
「古いタイプの人間なのかなぁ。若いモンをもっと盛り立てなきゃいけないのかなぁ」
おいおい、浅田さん、あんたわたしよりも年下じゃないか。
(終わり)
7123.8/15/2014
銀太の墓...5
俺に貸しなって、爺さんからスコップを受け取って、代わりに掘り起こしたよ。しかも爺さんが用意した箱は小さなみかん箱で、それじゃ銀太は入んないっちゅうの。
埋めてから三日が経っていたから、銀太は腐り始めていたし、最初の爺さんの襲撃で損傷も受けていた。この仕事を20年やってきたけど、カラスの恐怖におびえながら、犬の遺体を回収したのは初めてだったなぁ。
毛布にくるんでビニルに入れて、持ち帰ったよ。
後日、火葬を終えて、お骨を届けたら、婆さんが世話になったってチップをくれたんだ。まぁ、この業界ではよくあるしきたり。
ポチ袋のなかを開けて、目が点。
千円札、一枚だった。
あんたらな、動物を飼うときは寿命を考えろよ。
何言ってんだ。動物の寿命じゃねぇよ。てめぇの寿命。
いまの犬猫様は、長生きすんだぞ。10年なんて普通にいるからな。
20年選手も時々お目にかかる。
だから、これから動物を飼おうと思ったら、そのときのてめぇの年齢に10から20を足すんだな。その年齢になっても、きちんと犬猫様を育て続けているてめぇが想像できないと、飼ってはいけないんだ。
生き死にのプロが言うんだからまちがいない。
ましてや人様が先に俺らのお客人になったら、残された犬猫様の運命は悲惨だよ。
銀太は、ぎりぎりだったんだ。
魂は抜けて昇天していたけど、てめぇの亡骸をカラスに晒した爺さんのことをどう思っていただろうねぇ。
7122.8/11/2014
銀太の墓...4
そのうちは、ほらあそこの八百屋の前の立派な家よ。
話の通り、電線に何羽もカラスがとまってる。
それが、みんなそのうちの庭の一点を見つめながら、ぎゃぁぎゃぁ鳴いてやがる。
おかしいなぁと思って、こんにちはって玄関を開けたら、婆さんが指をさす。
「あっち、あっち」
庭に行ってみたら、こんもり土が盛ってあった。
そのてっぺんに蒲鉾板がぶったててあって、マジックで「銀太の墓」って書いてあんの。かなり下手な字だよ。近くにはその辺の花がぶっさしてあった。
あのな、婆さん、掘り起こして箱に入れておいてって言ったじゃん。
「ちゃんと爺さんには言いましたよ。ねぇ、爺さん、どこ、聞いてんの。浅田さんが来てらしてるよ。いつ、掘るの」
やはり、まだ銀太は土中かぁ。
奥から爺さんがスコップを持って、腰を折りながら登場。
「ちょうど、これから掘ろうとしていたところだ」
ってんで、目の前でいきなり、スコップの歯を墓に突き刺しだした。
カラスがわめきだして、俺の頭上でバタバタするんだ。
まぁ、連中にしたら盆と正月がいっぺんに来たようなごちそうだからな。こんなラッキーを葬儀屋にかっさらっていかれたら、おまんまの食い上げだ。
銀太の墓を見ると、爺さんがスコップを刺したところに肉片が飛び出していた。どこに銀太を埋めたかも定かじゃないみたいで、闇雲にぶすぶすスコップをさしやがる。
きっと、爺さんはパワーがないから、深く穴を掘らないで銀太を埋めたんだな。だから、死臭が漂ってカラスをおびき寄せていたんだ。
7121.8/10/2014
銀太の墓...3
あんたらがどう思っているかは知らねぇけど、俺の仕事はけっこう忙しいんだ。
通夜と告別式だけやっているわけじゃ、ねぇからな。
段取りの相談とか、注文を取りに行くとか。
え、注文って、へんな意味じゃないよ。
だから、気になることがあっても、忙しさのなかで、忘れてしまうことが多い。
なのに、あの爺さんのことは気になっていたんだな。
二三日会わねぇなぁって思ってたら、婆さんからうちに電話があったのよ。
「浅田さん、うちの爺さんが庭に埋めちゃったのよ」
えー、何を埋めたわけ。
「銀太、銀太、ギーンタ」
そんなでけぇ声出さなくてもわかってるって。
「銀太が死んじゃったぁ」
それはご愁傷様ですって、職業柄なるわな。
「なのに、あの爺ったら、銀太を生のまま埋めちゃったのよ」
えー、そりゃ、まずいだろ。
婆さん、うちじゃなくて警察に電話をしなきゃ。死体遺棄は立派な犯罪だ。葬儀屋が手を貸すわけにはいかない。
「……」受話器の向こうから、笑い声が聞こえてくる。
いよいよ婆さん、ダメになっちまったかなって思った。
「浅田さん、勘違いしてる。銀太はイヌよ」
あー、バギーに乗せて散歩をしていたあいつね。
なぁんだ、ついにくたばったか、とは言わないよ。
「爺さんが、庭に穴を掘って、銀太を埋めたんだけど、浅く掘ったから、カラスが狙って。すごい数なの。ご近所にも文句を言われて。何とかして」
何とかしてって、言ってもなぁ。
じゃぁ1時間したら行くから、それまでに掘り起こして箱に入れておいてね。
ってんで、仕方がないから、行ってみた。
7120.8/9/2014
銀太の墓...2
あんた、知らねぇかなぁ。
ほら、あれ、乳母車ってぇの?赤ん坊、乗せるやつ。
え、いまそんな呼び方しねぇのか。
バーギー?バギー?
まぁ、それよ。それに黒い中型のイヌを乗せて、さらに茶色いイヌに首輪をつけて、この辺を散歩してる爺さん。茶色い方は、ちゃんと歩いてるよ。両方乗せるには、バギーはシートが小せぇんだ。
仕事柄、この辺を俺が歩いていると、よくすれ違うんだ。
何いってんだ、あほたれ。病人を探してるわけじゃねぇっての。女将、何とか、言ってよ。このひとたち、俺の仕事を馬鹿にしてねぇかなぁ。あんまり言うと、万が一の時、最悪の葬式にしてやっからな。
え、あー、続きね。その爺さんとすれ違う時に孫じゃなくてイヌを乗せているから、ちょっと気になっていたんだ。
だって、かわいいわんちゃんですねって言えばいいの?たぶん、もうよれよれだから、バギーに乗せているんだろ。人間だったら老人だよ。そういうイヌをかわいいというのは、違うよな。
だからって、あんたが乗った方がいいとも言えねぇし。