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6899.2/10/2013
「さすけねぇ」坂の下の関所・17章 第一部「傷つく」

364

 その三日前、関所に近いバー「パパクア」。
 時計は午後11時を回っていた。カウンター5席と、テーブルが一つの小さなバーだ。
 阿久根真一と真野幸三は、カウンターで水割りを飲んでいた。カウンター越しの大きな液晶モニターでは、世界のサーファーたちの共演が音を消して映し出されている。
 バーのマスターをしながら、サーフィンのインストラクターもしている五木秀樹は、客に無関心を装って、鼻毛を抜いていた。
 35歳の真野は、となりでグラスに口をつける男の気配を感じながら、ここに来る前に事務所で受けた依頼を思い出していた。
 大学を卒業して、人材派遣会社の営業職に就いた。しかし、来る日も来る日も顧客や登録社員からの苦情処理のような仕事に嫌気がさして、30歳で退社した。わずかな退職金を手にして、中東を放浪した。あやうくゲリラやそれを掃討しようとする軍隊に殺されかけた。世界の資本が中東の富に狙いをつけている現実と、同じ民族が何十年も殺し合っている事実を突きつけられ、自分の甘さを痛感した。
 わずか1年で逃げ帰るように東京に戻ったが、そこには居場所を感じることができなかった。横浜で小さな探偵事務所を開設していた旧友に頭を下げて、日々の糧を得ようとした。しかし、ひとに使われても、大した稼ぎにならないことがわかり、2年前に独立して、鎌倉に探偵事務所を開いた。事務所は自室アパートだ。
 仕事の大半は、浮気の調査だった。
 こんなに依頼があるとは想像しなかったほど、女性からの浮気調査が多かった。しかし、依頼が多くても、一件から受ける報酬は少ない。経費を引けば、手元にはあまり利益は残らなかった。
 そんなとき、仕事用に公開している携帯電話番号を頼りに、真一が電話をかけてきたのだ。
「500万円でお願いしたいことがあります」
 いきなり真一は言った。通常は用件を先に言うのに、いきなりギャラから持ち出された。札びらで頬を叩かれた気持ちになったが、贅沢は言えない。
「一応、大まかでいいので用件をお聞きしたいのですが」
 それでも、意地を出して聞いてみた。
「電話では言えません。無理ならばいいです」
 相手が電話を切ろうとしたので、真野はあわてた。
「それでは、連絡先と名前だけでも教えてください。よいお返事ができるように前向きに検討しますので」
 相手は、しぶしぶ連絡先と名前を言って、電話を切った。
 電話の相手を特定することは、真野にとってかんたんなことだった。何しろ、電話番号と名前がわかったのだ。ついでに、家族関係や仕事内容も調べることができた。

6898.2/9/2013
「さすけねぇ」坂の下の関所・17章 第一部「傷つく」

363

 泥橋は、笑顔を満面に浮かべて、生ビールの泡に口先をつけようとした。
 そのとき、関所の外を猛烈な速度で車が通りすぎ、はす向かいの八百屋「一休」に突っ込んだ。大きな衝撃音が聞こえたはずなのに、泥橋はそのままビールを一口か二口飲もうとした。
「ちょっと、いい加減にしなさい」
 女将に怒られても、泥橋は気にしない。
 佐々木と女将は、あわてて自動ドアから道路へ飛び出た。通行人も驚いて、つぶれた自動車を取り囲んでいる。近くの花屋から店主が出てきて、一休の店主を救出しようと店内に入った。
 店先はかたちをとどめず、大きく変形していた。
「女将さん、すぐに110番と119番して」
 佐々木は、女将に指示を出す。女将はうなずいて関所に走って戻る。入れ替わりにビール片手の泥橋が、まゆげを八の字に曲げてやや千鳥足で出てきた。
 神崎は気を失った男が自分に寄りかかってきたので、両腕でそれを受け止めた。そのとき、男の胸のポケットに書類が入っていることがわかった。それがはずみで落ちたので、男を受け止めた手を外して、書類を拾った。男は神崎の横を通り過ぎて、そのままつぶれたトマトが散乱している路上にうつぶせに倒れた。
 持ち出し禁止。
 神崎が拾った書類の左肩に赤いインクで印字されていた。なぜ、持ち出し禁止の書類がこの男の胸に入っていたのか。首都スリーブの事務所前を急発進したことを神崎は反対側から歩きながら見ていた。危ないなぁと思いながら、きょうはお好み焼きにしようと一休のキャベツを見たとき、車が突っ込んできた。何かの事情があって、急いでいたとしか思えない。
 神奈川県警の女性警察官である神崎小枝子は直感した。すぐに所轄が来てこの状況を調べると思うが、おそらく交通事故として扱うだろう。自分は県警本部勤務として、これが事故か事件かを調べる義務がある。所轄に断りを入れて、継続捜査をする価値があるかもしれない。
 瞬間的にそれらが脳裏を横切ったとき、視界に佐々木が入った。
「おい、カンちゃん、大丈夫かよ」
 両眼を開いた佐々木は、神崎に近寄り声をかけた。
「あー、センセーいたの。うん、どこもけがはしていないみたい」
 自分の手足を観察して、神崎が答える。
「そっかぁ、じゃぁ女将に頼んでシャワーと着替えをしたほうがいいよ」
 神崎は、ありがとうと返事をして、拾った書類をパンツのポケットにねじ込んだ。
 よろよろ近寄った泥橋が、トマトまみれの神崎を見た。
「ありゃ、カンちゃん、人間イタ飯みたいだなぁ」
 警察官として日々身体を鍛えている神崎の蹴りが、泥橋の尻に跳んだ。

6897.2/4/2013
「さすけねぇ」坂の下の関所・17章 第一部「傷つく」

362

 男は、作業着の胸ポケットに二通の書類が入っていることを確認して足早に事務所を出た。
 首都リーブス。
 関所と道路をはさんだ向かい側の鋳物会社だ。敷地内に溶鉱炉を持ち、専門的な鋳物を造っている。自動車や武器関連の大手企業である三角電気の下請け会社だ。
 乗ってきたバンのドアロックをはずす。
「ちょっと、あんた」
 男は背中から声をかけられた。バックミラーを覗くと、事務所のドア口に眼鏡をかけた小柄な烏丸敬重が立っている。
 振り向いてはいけない。本能的に察した男は、あわててドアを開けるとエンジンをかけ、タイヤをきしませて、発進した。
 キキキキー。アスファルトをタイヤが空転する音を耳にしながら、烏丸はため息をつく。
「なんたって、あんなに急ぐんだ。あんぶねぇなぁ」
 烏丸は、見知らぬ男が事務所にいたので声をかけようとしただけだ。烏丸が知らない出入りの業者かもしれなかった。しかし、男は烏丸に気づくよりも早く出て行ってしまった。
 用事があったのに、だれもいなかったから、出直してこようとでも思ったのか。烏丸は親切心を出して、ドアを開けて男の背中に声をかけただけだった。
 首都リーブスの敷地から関所前の道路に向かう坂道を猛スピードで下るバンを見ながら、烏丸は目を丸くした。
 バンは道路に出た。坂道の出口と道路の交わる部分で、バンは車の底をこすった。火花が散った。鋭角的に交わる道路をそのまま直進すると、バンは関所に突っ込んでしまう。ハンドルを握る男は、とっさに反対側にハンドルを切った。車がはずんが弾みでアクセルを踏み込んだ。バンは大きく車を左側に向け、そこにあったキャベツやにんじんなどの野菜をフロントに巻き込みながら、関所の斜向かいの八百屋「一休」に突っ込んだ。
 ガシャン。
 自動ドアのアルミ枠が大きくゆがみ、車の前部がへこむ。
 たまたまキャベツを選んでいた神崎小枝子がトマトのカゴに飛ばされて、全身につぶれたトマト果汁を浴びていた。
 一休の店長は、店の奥で仕事をしていたので、怪我をすることはなかった。しかし、予想外の車突入に驚き、腰が立たなくなっていた。
 反対に、トマトまみれの神崎は、お尻のはまったかごから起き上がると、バンの運転席で気を失っている男の元に歩み寄った。ドアは衝突の衝撃で開いている。神崎は、ハンドルに上半身を傾けたままの男の胸倉をつかんだまま、道路上に引きずり出した。
 意識がうつらうつらしている男の耳に口を近づけて、息を吸い叫んだ。
「てめぇ、何しやがんだよ」
 張り手が頬にとんだ。男は完全に気を失った。

6896.2/4/2013
レッツ..4

 2012年12月30日。
 年の暮れが押し迫ったとき、湘南レッツのHさんから電話があった。
 このひとから電話があると、たいがいは何かを頼まれる。
「ほら、いつも定例会で使っている食堂のトイレ、お前さんも知ってんだろ」
 その食堂は、鎌倉の常盤(ときわ)というところにある。以前、わたしたちは湘南に新しい公立学校を創り出す会のフリースクール「湘南小学校」を、その食堂の2階で開校していた。だから、とても縁がある食堂だ。
 もちろん、食堂のとなりにある駐車場の一角のトイレも知っている。
 鎌倉でも最近はめずらしくなった「汲み取り式」のトイレだ。いわゆる「ぼっとん」便所。
 トイレを覆うのは、鎌倉味噌という味噌屋が使っていた味噌樽だ。やや狭いので、和式トイレに座ると、からだが傾いてしまう。照明は小さな豆電球で、昼間でも薄暗い。鍵は昔ながらのL字型のつっかけなので、弾みで外れる可能性がある。
「あー、よく知ってるよ」
「こないだの定例会のときに、こどもが来ていただろ。あの子が使おうと思ったら、怖がっちゃってさ」
 そりゃ、そうだろうなぁ。
「そんでもって、この際だから、レッツのメンバーに大工さんがいるから、トイレをなおすことにしたのよ」
 湘南レッツには初期の頃から大工さんがいた。湘南小学校もずいぶん彼に手直ししていただいた。
 Hさんによると、和式トイレに洋式みたいに座れる部分を取り付けるという。さらに電気屋もメンバーにいるので照明を明るいものに交換する。ドアの鍵もきっちり頑丈なものを付け直すそうだ。
「そこでだ、お前さんに頼みっちゅうのは、ドアにつけるトイレでも便所でもいいから、看板みたいなものを作ってほしいわけよ」
 あしたは大晦日。こんな年末が押し迫ったときに頼みごととは。
「わかったよ、いつまでに作ればいいのかな」
「1月の定例会のときに新しいトイレのお披露目をするから、できればそれまでに頼みたい」
 1月の定例会は13日だ。
 どう考えても年末年始の休みのときに作業をしないとわたしには時間がない。
 そういうわけで、わたしは紅白歌合戦を見ながら、実業団駅伝を見ながら、箱根駅伝を見ながら、ずっと彫刻刀を手にして杉の板を彫ることになった。
 地域通貨運動は楽ではないのだ。

6895.2/3/2013
「さすけねぇ」坂の下の関所・17章 第一部「傷つく」

360

 男の名前は、泥橋邦夫。58歳なのに、定年後の年金についてもう心配している。大船駅に近い渋裏製作所に勤務している。
「また、酔っ払って登場したんですか」
「そうなのよ、きょうこそは入っちゃだめって阻止しようと思ったんだけど、かたいことを言わないでよとか、まぁまぁとか、天に誓ってビール一本しか飲んでませんとか言うもんだから」
「とても、そうは見えませんね」
 戸田の妻は深くため息をついた。
「まぁ、わたしから忠告してみます」
「そうですか、センセー、よろしくお願いします」
 わたしは、裸になって銭湯の道具を持つと、泥橋のとなりのカランに陣取った。わたしがとなりに来てもまったく気づかない。
 タイルにじかに座って洗体している泥橋は、石鹸の泡でおしりが滑り、からだをタイルに横たえながら、半分目をつぶって、垢すりタオルで背中をこすっている。その姿は、まるで干上がったアスファルトでやけどしそうになりもがいているミミズのようだ。からだをよじるたびに石鹸の泡が佐々木の座っている椅子に飛ぶ。
「お客さん、もう終電行っちゃいましたよ」
 佐々木が、泥橋の耳元でつぶやいた。
「えっ」
 ハッとした泥橋は小さな両眼を開き、上半身を起こした。
「やっばー、寝過ごしました。駅員さん、ここはどこですか」
 だいぶ酔いが回っているようだ。
「ここは地獄の三丁目です」
 やっと泥橋は、佐々木に気づいた。そして泡だらけのまま佐々木のからだに抱きつき
「センセー、ひとが悪いなぁ」と頬擦りをしようとした。
 その光景を、反対側のカランで見ていた客が気の毒そうに佐々木に視線を送った。
「やめろー、くっつくなぁ、逮捕するぞ」
 佐々木は必死に抵抗した。
「何をー、逮捕だと、これでも本官は陸上自衛隊富士学校卒であります」
 泥橋が泡まみれの手で敬礼をする。飛び散った泡が佐々木の顔に引っかかった。
 そうだ、泥橋はかつて陸上自衛隊に所属していたことを佐々木は思い出していた。

6894.2/2/2013
「さすけねぇ」坂の下の関所・17章 第一部「傷つく」

359

 8月の空はどこまでも青く、アスファルトからは熱気が上昇していた。
 もう午後3時になろうとしているのに、まだ山崎の町にはセミの声が響く。
 道を歩くひとたちは、会釈をするたびに「きょうも暑いですねぇ」を繰り返す。
 鎌倉市と言っても、大船駅周辺は、武家の町とは趣が違う。明治になって、小さな村々を束ねていく過程で鎌倉市という行政区に編入された地域だ。
 昭和40年代までは、大船駅の東海道線に平行する柏尾川が台風のたびに氾濫した。川が氾濫すると、川に注ぐ支流に水が逆流した。大船駅から北鎌倉へ向かう。富士見町や戸ヶ崎、山崎と呼ばれる地域の道路はそのたびに水没した。小川と道路の境界がわからなくなり、こどもや年寄りが流されてしまう悲劇もあった。
 しかし、長年にわたる川の浚渫工事で、柏尾川の氾濫はほとんどなくなった。そのあたりから、かつては水没した地域に新しいマンションや一戸建てが建設されるようになった。古くからの住民は過去の水害を覚えているので、そういった地域に住めるのかと心配した。ときにはマンションの駐車場が水没したこともあった。
 湘南モノレールは大船から江ノ島までが路線だ。
 日本に2つしかない懸垂式のモノレールだ。着工は日本で一番早かった。大船から江ノ島まで観光シーズンは車が動かない。その道路上を懸垂式のモノレールがわずか17分で江ノ島まで乗客を運んだ。やがて、モノレールは通勤と通学の固定客をつかみ、私鉄としては十分な利益を確保する。
 大船から一つ目の駅が富士見町だ。
 富士見町駅から、徒歩で山崎方面に歩く。少しずつ道に勾配がついて、やや上り傾向になることがわかる。
 佐々木は午前中に小学校で仕事をして、午後は年次休暇をとって帰って来た。小さなリュックのなかには、銭湯道具が入っている。
 野田の湯。
 財布から450円を出して番台に置く。
「はーい、いらっしゃい」
 主の戸田がにこやかにロッカーの鍵を出す。佐々木は鍵を受け取り、着衣場へ入る。そこには、腰に手をあてて仁王立ちしながら洗い場を睨む戸田の妻がいた。
「あれ、どうしたんですか」
 佐々木は、妻に質問した。
「あー、センセー、いらっしゃい。まったくあの人ですよ。困っちゃうんだから、何とかなんないかなぁ」
 見つめる先には、全身を泡だらけにしてタイルでのた打ち回る男がいた。

6893.1/27/2013
桜宮高校体罰自殺事件..7

 バスケットボール部キャプテンの2年生男子が自殺した。
 その後、桜宮高校校長は、バスケットボール部の保護者に年明けの新人戦への参加を打診していた。
 文部科学省から調査に入った政務次官も、さすがに「当事者性が感じられない」と憤っていた。

 そうなのだ。
 おそらく桜宮高校の運動を担当している教員集団には、問題の当事者であるという認識が極端に欠落しているのだ。
 多くの取材や連日の報道で学校の内外が混乱しているのはわかる。
 そのなかで日々の授業をしたり、外部との対応をしたりして、何が何だかわからない事態になっているのだろう。
 
 生徒が自殺した。
 その原因は学校側にあった。
 その重さを痛感しなければ、残されたほかの多くの生徒たちのこころの傷は癒えない。
 どういう顔をして、新人戦に臨めというのか。
 もっとも必要なこころのつながりがチームで維持できるというのか。
 それでもバスケット一筋でやってきた生徒にゲームのチャンスを与えることが優先されるとしたら、「それは違うだろう」と教えることが生き続けることをあきらめたキャプテンへの労りだろう。

 全国の学校で教師による体罰が横行している。
 いまに始まったことではない。
 それを肯定してきた文化があったことを認めなければいけない。
「昔はよかったけど」
 この理屈は通らない。
「昔から本当はやってはいけないことだったけど、だれも問題視はしなかっただけ」
 そう認めなければいけない。
 理科の実験は気合いでは成功しない。風景の写生は根性では描けない。九九は体罰では覚えられない。
 運動だけ、体罰で効果が出ると信じている教師をまず育て直し、価値の転換をはからないと、第二の桜宮高校はすぐそこに出現するだろう。

6892.1/26/2013
桜宮高校体罰自殺事件..6

 大阪市長はことあるごとに、自分が最高権力者であるということを行政官に示そうとする。
「文句があるなら、選挙でわたしを選ばなければよかったじゃないか」
 選挙で選ばれたひとは、何をやってもいいらしい。
 専門家たちと協力して、問題の再発防止を検討する必要はないらしい。
 個人的なアイデアを打ち上げて、大衆受けすれば、問題解決と決めているらしい。
「新年度は、桜宮高校の校長・教頭・担当教師だけの異動では世間の理解を得られない。すべての教員を異動させる」
 教員の人事権が、教育委員会にあることを知らない。
 また、体育とはまったく無縁の教科教師まで連帯責任を負う法的根拠はない。
 学校は毎年、1割から2割の人事異動が一般的だ。専門的な仕事を引き継ぐには後継者を育てる必要があるからだ。それをすべて取り替えると、新設校を開校し、すべて新しい教員たちでどたばた開校するのと同じになる。それも、年度末が押し迫ったこんな時期にだ。

 大事なことを大阪市長も大阪市教育委員会も桜宮高校校長もやっていない(2013年1月18日現在)。

 それはバスケットボール部顧問を自殺した生徒の保護者と対面させ、本人の口から謝罪させることだ。こどもを自殺で失った保護者の嘆きを顧問教師のこころに届けさせることだ。
 自分の行為を否定しているとは思えない教師に、自分の行為が招いた結果の重大さを認識させていない。
 また、バスケットボール部のような運動部がほかにはないのかという調査もしていない。保護者や部員からの告発を受けて調査するのでは対応が後手すぎる。
 学校が特色を出すことは悪いことではない。
 これまでは運動を全面に出すために、軍隊のような前時代的な指導が肯定されていたことを学校・教育委員会・大阪市が認め、これからはもっと科学的で民主的な方法へ指導を変えていくことを宣言していない。
 日本の運動が強くならないのは、運動を文化主体と考えない経済界の意向が強いと言われている。実業団の運動部を見ればよくわかる。不景気になると真っ先に廃部になってしまう。企業は広告塔として運動部を使い、不景気になれば真っ先に無駄な経費として削減してしまうのだ。
 運動が文化の一翼を担うと考えれば、多くの予算がつき、施設が充実する。民間で若い力を育てるためのジムが数多く造られるだろう。サッカーや野球、水泳や体操など学校で入部するよりも、科学的で高度な「クラブ」が誕生していく。そこには、体罰コーチはいない。いたとしても、すぐに解雇される。

6891.1/22/2013
桜宮高校体罰自殺事件..5

 その後の報道で新しいことがわかった。
 桜宮高校は、公立学校だが、体育科を設けたスポーツエリート養成高校だった。体育科は中学のときの運動の成績を最優先した選考をする。だから、一般入試と区別される。
 私立学校では昔から多く採用した方法だ。
 しかし、この方法は問題が多い。
 学校側が有力な生徒を集めたいので、選考の結果に関係なく最初から合格を決めていると言われている。また地域以外の生徒をかき集める。高校野球の甲子園大会を見れば一目瞭然だ。高校生で親元を離れ、他県で野球漬けの日々を送る生徒はいまも全国で山ほどいるだろう。
 体育科で入学した生徒は、特定の運動部での活躍が期待される。もしも、何らかの理由でその運動部を辞めたときは、学校も辞めなければならないと聞いたことがある。しかし、桜宮高校ではそこまでは強制していなかったという。実際には、とてもいづらい雰囲気があり、自ら進んで退学という選択しかないのだろうが。
 自殺したバスケットボール部キャプテンも体育科の生徒だった。だから、キャプテンを辞めるということは、その後の学校生活がとても過ごしにくくなることが予想できたのだろう。
 もっとほかに大好きなバスケットボールを楽しめる機会がなかったのだろうか。
 桜宮高校など胸を張って退学し、自分の可能性をもっと高めることができるバスケットボール機会はなかったのだろうか。
 
 しかし、メディアはとっくに桜宮高校が体育科を設けている学校だと知っていたはずなのに、その報道を伝えなかった。
 なぜだろうか。
 顧問の体罰教師個人の責任として、今回の自殺報道を収束させたかったと感じてしまう。
 大手の新聞社は大きな運動イベントの主催社や共催社になっている。そういうイベントを支えているのは各地の体育連盟や各競技連盟だろう。あまり、運動部や体育科をめぐる枠組みへ問題の目が向かうことを嫌ったのではないだろうか。
 
 大阪市長は「来年度の体育科の入試を行わない」と発言した。
 大阪市教育長は「すでに入試の準備を進めていた」と反対する。
「ならば、入試にかかわる予算を執行しない」と大阪市長は強気になった。
 論点をすり替えることが大好きな大阪市長だ。体育科の存在が体罰教師を誕生させたと、多くのひとに勘違いさせたいらしい。

6890.1/20/2013
桜宮高校体罰自殺事件..4

 大津市の中学生がいじめを苦にして自殺した。
 それを学校や教育委員会は長期間にわたって、因果関係を認めず、責任放棄に躍起になった。
 大阪市の高校生が体罰を苦にして自殺した。

 どちらも、学校が舞台になっている。
 そして、どちらも学校が本来よのなかから託された機能とは関係ない付加価値に押しつぶされている。
 学校が本来よのなかから託された機能とは、こどもたちの学力の向上だ。そこに体力が含まれるのが日本式である。
 これらとは関係ない付加価値とは、社会性や集団行動、協力態度や部活動だ。部活動は教育活動の一環だと頑なに主張するひとたちがいる。こういうひとたちに限って、大いに体罰を肯定し、自分も遂行している。また、社会性や集団行動は、学校が教えるものではなく、家庭や地域が担ってきた役割だ。道徳もしかり。これらを、国家が「一つの方向につなげていくために」あえて、家庭や地域から切り離して、学校で「教える」というスタイルへ変えてしまった。

 学習指導だけに特化した学校では、いじめや体罰は起こりにくい。
 また学習指導も、個人に応じた学習のスタイルを保証している学校では、点数による序列化がないので、劣等感が生じにくい。
 遠足、運動会、鑑賞会、音楽会、体育大会、水泳大会、学芸会、もちつき大会、学校は年間にわたり行事ばかりしている。
 同じ年齢のこどもたちを1年間以上、同じ教室に縛り付け、同じ教員が多岐にわたって指導し続ける。部活動では上下関係をたたき込まれながら、3年間も競技以外のしつけを植え込まれる。

 いまの学校が膿のように抱えている諸問題が、こどもたちの自殺という最悪の結果へ結びついている。
 自殺までいかなくても、体罰やいじめは日常的に全国の学校で繰り返されている。
 こういう現実を多くのひとたちは、黙認しているのだ。
「我慢しなさい」「目立たないようにしていなさい」と。
 2013年1月、安倍新政権は、現役教員をひとりも入れない教育再生会議を発足させた。民間企業の経営者が多くを占める。勝ち組ばかりの経営論理で、これからの学校を再生させるという。どう逆立ちしても、学校本来の機能へ戻す話し合いはされることがないだろう。