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6289.11/3/2009
坂の下の関所・9章 story 136

 「ちわっす」
酒類の卸問屋が伝票を持ってレジに来る。
 細面の彼は、華奢に見える。ビールケースや一升瓶のケースを運ぶのは腰に大きな負担がかかるだろう。
「ジュースかお茶をどうぞ」
若女将が伝票を受け取り、彼にサービスする。
 いえ、大丈夫です。声には出さないが、頭を軽く下げ、ジェスチャーで遠慮する。わたしならば、すぐに「ラッキー」と受け取ってしまうのに。
「そんなこと、言わないで、どうぞ」
若女将は、彼の遠慮を受け流す。少し、彼の表情に笑みが浮かぶ。
「いつもすみません」
小さな声だが、感謝をこめた言葉が伝わる。太い綿糸を縫込み、藍色で染めた前掛けがユニフォームだ。
 わたしは、関所に出入りするまで、酒類の流通について、ほとんど知らなかった。まさか、野菜や魚のように、市場でせりをするわけではないだろうとは理解していた。しかし、具体的にどうやって酒蔵から販売店に酒類が届くのかは、勉強不足だった。
 だれも教えてくれなかったと、ひとのせいにはしない。わたしが、知ろうとしなかっただけだ。
 関所で、長居をしながら、コップを傾けていると、物流について、初めて知ることが多い。酒屋は酒ばかり売っているわけではない。お菓子、缶詰、醤油、サラダ油、塩や砂糖。日々の食事に必要なものを多く扱っている。これらは、それぞれ問屋が違う。だから、多くの異なる種類の問屋との取り引きが必要になる。仕入れや支払いが複雑になるだろうが、関所の経営スタッフは、そういう煩雑な部分を表情に出さない。
 大変だ、大変だー。
 あちー、あちー。
 ため息や悲鳴をあげているのは、いつも夕方になると仕事を終えて、関所を訪れる住民ばかりだ。もちろん、わたしもそのひとり。
「こないだ、飲み屋に行ったら、珍しい日本酒が置いてあって、これがけっこううまくてさ。ママさん、ここにも、あれを置いてよ」
煙草をプカプカ吸いながら、相田さんが注文する。
 長く、関所に通っているのだから、酒類の流れについて、もう少し学習したほうがいいですよ。わたしは、こころのなかで、相田さんに指導する。

6288.11/1/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-11

 三重は海を向いていたからだを180度回転させて、道路側に向きなおした。欄干に背中を押し当てた。
「もちろん、いろいろ相談に乗ってもらったもん」
 女同士のことだから、互いがそれでいいのなら、息子であろうと深くかかわるつもりはない。きっとおふくろにとって、酒田は息子の同級生ではなく、近所の気になる娘だったのだろう。こどもの頃からずっと成長を見守ってきて、思春期の悩みや就職の不安で揺れ動く酒田を人生の先輩として応援してきたのだろう。わざわざ、そのことを息子であろうと、ふたり以外の人間にばらすほうが信頼関係を壊してしまう。詳しいことはおふくろに聞けばわかるのか。でも教えてはくれないな。いや、聞くつもりもなかった。秀夫は、ひとり納得していた。
「もしかして、結婚することを言いに来たのか」
静かに聞いた。
 三重は、こくりとうなずいた。
「電話や手紙じゃなくて、直接話そうと思って言いに来たのか」
さっきよりも、強い感じでうなずいたように見えた。
「さっき渡したアルバムのカセットのなかに、旅姿六人衆っていう歌が入っているんだ。それ、聴いてね」
 せっかくアルバムをダビングしてくれたのだから、全部聴くつもりだった。なかでも、その歌が酒田のお気に入りなのだろう。自分の気持ちに真っ直ぐで、それを相手かまわず押し付けるところは昔とちっとも変わっていない。
 秀夫は、「あーっ」と旅姿六人衆を聞くことを約束する。

 帰り道は、中学時代の仲間の近況を三重が一方的に喋った。秀夫は同窓会や同級会というものに、まったく参加しないまま大学を卒業した。それまでも誘いはあったが、運動部をずっと続けていたので、都合がつかず、顔を出すチャンスが訪れなかった。それに昔の知人に会っても、何を話せばいいのかわからなかった。思い出話に花を咲かせるのは、後ろ向きな生き方のように感じていたのだ。三重の話では、同窓会を通じて、その後も何人かと個人的に会ってきたようだ。だから、結婚話や就職話、なかには海外に行ってしまった友人のことまで知っていた。
 表面上はその話し相手をしながらも、秀夫のこころには、なぜわざわざ今夜自分が結婚することを三重が自分に告げに来たのかが謎として渦巻いた。
 親の紹介なのか、お見合いなのか、いずれにしても、あまり好きではない相手との結婚なのか。
 そいつのこと、好きなのか。
 なんど、酒田の話が途切れたときに聞こうとした。
 でも、言い出すことはできなかった。もしも、うんと返事をされたら、なぜか自分がつらくなる気がしたのだ。どんなかたちの結婚であれ、それは互いが決めたことであり、何も知らない自分がどうこう口を挟むことではないと思った。
 まさか、本当は酒田は俺のことが気になっていて、不本意な結婚が現実のものになり、ダスティン・ホフマンの「卒業」みたいに結婚式をしている教会に飛び込んできて、無理やり連れ去ってほしいと思ったのだろうか。
 バカな。そんなうぬぼれを口にできるはずがない。それに愛だの、恋だのという感情は、瞬間湯沸かし器みたいに、いまここから噴火するとも思えない。

 秀夫は、こどもの日の出来事を思い出しながら、職員の更衣室で着替えた。更衣室を出たとき、両手で頬をパンパンと叩き、頭のなかからその思い出を追い出した。
 一日が始まる。
 これから元気な4年2組のこどもたちが登校してくるのだ。

二章・終

6287.10/30/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-10

 そもそも、三重は、なぜ前触れもなく俺のアパートに訪ねてきたんだ。そして、急に江ノ島に行こうってどういうことだ。さっきの綺麗ってアルバムはなんだ。
 わからないことだらけで混乱し、秀夫は何から聞けばいいのかもわからなくなっていた。
「あのさ」
「だめ、つぼ焼きは熱いうちに食べなきゃ。喋っている暇があったら、箸を動かしなさい」
 三重はぴしゃりと言う。
 仕方なく、秀夫はそれ以上聞けずにつぼ焼きを食べた。三重は、上手に肝も取り出し、一口で食べた。殻をコップのように唇にあてて出汁も飲んだ。最後にコップの下に2センチぐらい残っていた冷や酒をグイッと飲み干した。まだ、秀夫は酒が残っていた。しかし、隣りですっきりしている三重を見て、急いで燗を空けた。
「ごちそうさま」
酒田は勝手に立ち上がり、ポーチから財布を出し、二人分を払い、暖簾の向こうに出て行った。秀夫はあわてて、ベンチから追いかけようとする。
「おつり」
女将が声をかける。ふり返って受け取ろうとしたとき、無愛想に見えた女将の顔がくしゃくしゃな笑顔になった。
「あんた、いい彼女とつきあってるね。大事にしなよ。ありゃいいかみさんになるなぁ」
ひとりで納得している。
 そういうんじゃないって。秀夫は女将に説明しようとしたが、野暮な気がして少し頷いた。

 すでに3メートルぐらい先を歩いていた三重に追いついて、秀夫はおつりを渡す。
「ごちそうさま。これ、おつり。それと俺の分」
「おつりだけでいい」
「そんなぁ、悪いって。タオル代にはならないけど、受け取ってよ」
秀夫は思わず、酒田の手を握り、千円札を渡そうとした。三重は、こぶしを握ったまま開こうとしない。はっとした。手を握ってしまって、はっとした。
「ごめん」
謝っていた。乱暴なことをしたつもりはない。でも、恋人でもないのに、手を握ってしまったことに申し訳なさを感じていた。
 江ノ島大橋の欄干に手をかけて、三重は西の海を見る。
 国道134号線がはるか小田原方面に延びている。自動車のテールライトが長い帯になっていた。寄せては返す波の音が、片瀬西浜にこだまする。防波堤よりも海風はやさしい。空には雲がない。遠く、伊豆の山並みが暗がりの中で、さらに一段と暗く浮かび上がる。
「とりあえず、おつり」
秀夫は、女将がくれた硬化を渡した。三重は、手のひらを開いてそれを受け取った。
「わたし、来月、結婚する」
三重は、一言一言をかみしめるように、ゆっくりと告げる。目線の先には海がある。
 秀夫は、驚いた。驚いてから、失望した。失望してから、どうして失望するのか、不思議な気持ちになった。何かを期待していたのだろうか。

 そのことをわざわざ俺に言いに来たのか。でも、なぜ。
 だれと、結婚式はいつ、どこで、新居は、俺の知っているひとかな、いやそれよりおめでとうというべきかな。
 秀夫はこころの隅っこでおめでとうと言いたくない気持ちがくすぶるのを感じた。初恋のひとがだれかと結ばれる。それは、めでたいことなのか、口惜しいことなのか。でも、もう7年もこうして会ったことがなかった。酒田はおふくろから俺のことを聞いていたのかもしれないけど、俺は酒田のことは何も知らなかった。だいいち、その7年間に恋心を抱いたひとはほかにも何人かいた。
「おふくろも知ってるのか」
なんでこんなことを、こんな場面で聞くのか、自分でもわからなかった。
 俺はマザコンか。秀夫は、すっかり三重のペースにはまっていく。

6286.10/30/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-9

 つぼ焼きは、たださざえを炭火で焼いて出してもうまくはない。
 いったん焼いて身に火が通ったら、網から降ろす。肉汁がこぼれないように気をつけながら、串で殻から身を取り出す。角切りにして、ふたたび殻に戻す。そのときにかつおやこんぶでとった出汁を混ぜる。きのこや三つ葉を入れてもうまい。ここの屋台は、さざえ以外は入れてなかった。ふたたび火にかけて、肉汁と出汁が沸騰したらできあがりだ。出てくるまでに時間がかかる。
 それまでの間、日本酒の冷やと燗をふたりで飲む。
「わたし、ヒデが高校で野球をしていたことや、大学で山登りをしていたことを、知っていたよ」
酒が回るにつれ、三重は口が軽くなる。
「なんでよ」
少なくとも、秀夫は中学を卒業して以来、三重とは年賀状のやりとりぐらいしか接点がない。
「ときどき、電話をしてたもん。おばさんが教えてくれた」
「おふくろ、酒田から電話があったことなんて、教えてくれなかったぞ」
「だって、ヒデに電話をしたんじゃないもん。おばさんに電話をして、様子を聞いていただけだもん。それに口止めもしたしね」
「変なの」
「おばさんには、いろいろお世話になったんだ。うちのお母さんに話せないことも相談に乗ってもらった。高校時代に学校や勉強がつまんなくなって、成績が落ちたときも。就職してからのこともね」
 母は、何も告げなかった。女同士のかたい絆は親子の絆に勝るものなのか。
「新しい生活を始めるとき、おばさんから餞別にバスタオルをもらったでしょ」
「あー、テディベアの模様のやつね。いい年して恥ずかしいから、外では使えないけど。そんなことまで、知ってんの」
興信所なみだな。学校で使おうと思ったけど、こどもに馬鹿にされると思い、家で入浴後に使っている。
「きょう、部屋に行ったとき、風呂場の扉にかけてあったね」
わずかな時間しかいなかったのに、観察眼は鋭い。
「あれ、わたしからのプレゼントだったんだよ」
 プッ。
 口にした燗を軽く噴き出した。屋台のテーブルが汚れ、女将が怪訝そうな顔をする。秀夫はポケットからハンカチを出し、頭を下げながら拭き取った。
「使ってくれていて、嬉しかった。あのデザインなら、アパートで使うしかないと思ったんだ。ヒデのプライベートに忍び込ませたかったの。大成功」
盗聴器でも仕込んであるのか。三重は、そう言って冷やの入ったコップを目の高さまで上げて、一口飲んだ。
「おばさん、約束を守って黙って渡してくれたんだね。今度、ご馳走しなきゃ」
そういう仲なのか。

 「お待ちどう」
 女将が湯気の出るさざえを二皿、テーブルに出した。
秀夫は、割り箸入れから、割り箸を二組取って、ひとつを三重に渡した。三重は、割り箸を割ると、角切りになったさざえをつかみ、フーフーとさまして食べた。
「忘れない、この味」
何かを決心したような言い方だった。秀夫には、何がなんだかさっぱりわからない。

6285.10/29/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-8

 秀夫は、意味がわからなかった。
「なんのこと」
「先生になったって、おばさんから聞いたよ」
「おふくろ、そんなことまで喋ったの」
「ううん、わたしが聞いたの。就職しましたかって」
 自分が学校の教員になろうと強く決心したのは、大学に入ってからだった。その頃から、年賀状には夢として、教員になることを目指していると書いていたかもしれない。でも、酒田への年賀状にそんなことを書いたかどうか、記憶は定かではない。
「酒田は、働いてんのか」
 少し間があった。
「高校を卒業してから、横浜の会社にね」
「じゃぁ、俺よりもずっと社会人の先輩じゃん」
 かなり間があった。
「でも、3月で辞めた」
 確か中学を卒業したとき、成績が上位だった酒田は、県立の進学校に入学したはずだ。そこから大学に進んだと思っていた。高卒で就職するタイプではない。高校時代になにかがあったのだろうか。そういえば、酒田から送られてくる年賀状は、いつもプリントごっこで干支が印刷されていて、隅っこに申し訳程度に手書きの挨拶が書いてあった。それも、夢がかないますようにとか、前を向いてとか、あきらめずにという一言メッセージばかりだった。
「行こうか」
 それ以上、何かを聞くのは悪い気がした。それに夜の海風をこれ以上浴びていると、あしたから体調を崩すのではなく、いますぐにでもくしゃみが出そうだった。
「うん」
意外にも、三重は素直にうなずいた。

 江ノ島大橋の歩道は、多くの観光客が通れるように車一台が通れるほどの幅があった。そこには、昼間なら綿菓子やヨーヨーの屋台が出ていた。しかし、夜になると、もうさざえのつぼ焼き屋しかやっていない。炭火でしょうゆとたれの焼ける匂いが風に乗って、ふたりを包む。
「おなか、空いた」
屋台の前で、三重が立ち止まった。屋台には、ベンチがあってカップルが一組座っていた。席にはまだゆとりがある。
 暖簾をくぐる。
「いらっしゃい」。額に幾重もしわのある年配の女将が、さざえをバケツから出しながら迎えた。注文は聞かない。つぼ焼きしかないのだ。
「飲み物は」。少し乱暴に聞く。
「燗にして」
冷えた手のひらを秀夫はこする。
「そっちの彼女は」。女将はあごで三重を指す。
「わたしは冷や」
 さっきと話が違う。秀夫は小声で聞く。
「酒田、さっき、アルコールは飲まないって言ったじゃん」
「言ったよ」
「なのに、冷やを頼んで平気なのか」
「だれも、飲めないとは言ってないじゃん」
相変わらず、三重の言葉は意味がわからない。

6284.10/27/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-7

 連休の夕方のモノレール。それも大船から江ノ島に向かう下り線は、乗客がほとんどいなかった。
 ボックス席に向かい合わせに座る。酒田はしばらく窓外を見ていたが、やがてなにかを思い出したかのようにプッと噴き出した。噴き出したときに、頬にえくぼができる。そのえくぼはあのときのままだ。
「なにがおかしいんだよ」
秀夫は、話のとっかかりを探していた。
「ヒデ、さっき、変なことを考えたでしょ」
胸にグサッと棘が刺さる。お見通しか。
「昔から、考えていることが顔に出るクセ、治んないね」
 そんなこたぁねぇ。
 そう、少なくとも、そんなことを言われても、ただ感情をおさえて窓外の景色を眺める余裕がある。成長しただろう。

 モノレールの江ノ島駅と、江ノ電の江ノ島駅は隣接している。ともに、江ノ島という駅名だが、実際の江ノ島までは歩くとかなりの距離がある。
 江ノ島へ渡る大橋まで小さな商店街が続いている。観光客や宿泊客を目当てにした土産物屋、旅館、スマートボール屋、射的屋、サーフショップが並んでいる。すでに街灯に電気が灯り、空は暗くなりかけていた。秀夫と三重は、黙ったまま並んで歩く。
 商店街の外れまで来た。
 右に小田急の江ノ島駅、正面に江ノ島に渡る大橋が見える。その向こうに、わずかな家や民宿の明かりが点在する江ノ島が浮かんでいる。
 湿気を含んだ生暖かい海風が秀夫の頬をなでる。潮の香りが鼻につく。三重は、さっさと大橋の歩道へと向かう。波は大橋の橋脚にあたって、砕ける。そのたびに、ザブンと音を立てる。連休中とはいえ、日の暮れた江ノ島はどの店もシャッターを下ろし、不気味な城のように静かだ。宿泊客は、点在する民宿や旅館で夕飯を食べている時間だろう。
 三重は終始無言だった。モノレールに乗ったときに、秀夫の部屋でのことを思い出して、プッと噴き出したとき以来、喋らない。
 ヨットハーバーを抜け、相模湾に面した防波堤までたどり着いた。テトラポットがいくつも並び、そこから先は海しかない。ここまで来ると、海風は風呂上りの秀夫の体温を奪うほど冷たい。きっとワンピースの酒田もからだが冷えるんじゃないかと秀夫は思ったが、防波堤の上に立つ三重は寒そうな顔をしていない。
 暗がりに目が慣れてくると、防波堤にはからだを密着させたカップルが何組か座っていた。こんなところで愛を語るなんて、秀夫には信じられなかった。たちまち風邪を引くだろう。地元の人間はこんなところをデート場所には選ばない。でも、俺と酒田は知らないひとが見たら、この連中と同じジャンルに入るのかもしれない。
 急に、三重がポーチから小さな紙袋を出した。
「これ、あげる」
言われるままに、秀夫はそれを受け取った。触った感じでは、なにかのケースが入っているらしい。
「なに、これ」
「録音したんだ。サザン。ちょっと古いけど、綺麗ってアルバム」
 サザンオールスターズは、秀夫が高校時代に没頭したバンドだ。大学時代は、あまり聞かなかった。音作りや歌詞が、デビューの頃と変化して、秀夫の趣向と合わなくなっていたからだ。ありがとうと、言おうとした。
「夢がかなったんだね」
秀夫からの礼の言葉を待たずに、三重が続けた。

6283.10/25/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-6

 三重は立ったままで、部屋のなかを見回す。
「案外、きれいにしてるじゃん」
「あー、それより、よくここがわかったな」
「家に電話をしたら、お母さんが出て、ここを教えてくれた」
 わざわざ実家に電話をして、俺に会おうとしたのか。一体、どういう風の吹き回しだろう。秀夫は冷蔵庫を開けた。あちゃー、ビールしかなかったんだ。母は、酒田のことを知っている。酒田の母と秀夫の母は懇意だった。成人して、ひとり立ちした息子のアパートに、同級生の酒田が行くことをどう思っているのだろう。保護者公認の引き合わせだ。今度、実家に行ったら、しつこく聞かれるに違いない。
「ビール、飲む」
語尾を上げて聞く。
「わたし、アルコール、飲まない」
昔から、こいつは最低限の言葉しか喋らなかったな。いまも変わらないや。
「これから飯にしようと思ったんだけど、外で食うか」。本当は金をけちって材料を買おうと思っていたとは言えない。作戦変更だ。
 三重は奥の和室の電灯を消した。夕方が近づいていた。電灯を消した和室にはサッシからオレンジ色の光が差し込んでいる。
 え、まさか、こんな時間から。それも突然。秀夫の頭のなかは、三重の行動が読めない。なのに、風呂に入っておいてよかったと、こころのどこかで安心の鐘が鳴る。でも、7年ぶりだぜ。いきなり、それはないだろう。別に付き合っていたわけでもないのに。こういうのには順番があるんじゃないか。
「江ノ島に、行く」
「はぁ」
秀夫は間抜けな声を出した。7年ぶりに突然訪ねてきて、江ノ島に行くという三重の言動を、秀夫はふくらんだ妄想を消しながら、まったく理解できないでいた。あっそう、勝手に行けばとは言えなかった。
「泳ぐわけ」
いやそんなはずはない。手には水着を持っていない。間抜けなことを聞いてしまった。それに海開きはまだ先の話だ。気が動転していて秀夫は、パニックになりそうだ。
「いっしょに、江ノ島に、行こう」
 三重は、断言するように言うと台所の電灯も消して、ふたたび靴を履いた。ドア口で振り返り「早く」と言った。
 こういうときは、いっしょに江ノ島に行ってほしいから来てくれるかなと聞くもんだろと、頭の中で整理できたのは、ふたりでモノレールの深沢駅ホームにたどり着いたときだった。それまで、ふたりとも無言だったのだ。

 ホームから見える富士山と丹沢の山並みに日が沈む。空一面のオレンジ色と、シルエットになった山並みが対照的だ。横を見ると、三重も同じ景色を眺めていた。香水かな、シャンプーかな。三重の横にいると、うっすらとラベンダーの香りが秀夫の鼻をついた。
 彼女の記憶は中学生までで途切れている。クラスが同じだったのは、小学生までだ。中学に入ってからの秀夫は野球部に入り、三重とクラスも異なった。同じ中学校に通っていても、住む世界が違ったので、ろくに話をした記憶がない。その彼女がいきなり、長い年月を飛び越して、自分のアパートを訪ねてきた。
 その理由を知りたい。でも、こうしていっしょにいることに違和感がないので、そんな理由などどうでもいい気分も芽生える。

6282.10/24/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-5

 三重の訪問は、まったく予期しない訪問だった。
 飛び石連休で間に仕事があったとはいえ、こどもも教師も気分は連休モードだった。連休後半のこどもの日。あしたは代休。社会人になって初めてのゴールデンウィークを経験し、ふたたび仕事の世界に戻っていく日が迫っていた。それでも、最後の二日間は、ごろごろして英気を養おうと思っていた。
 こどもの日は久しぶりに掃除機を使って、部屋の掃除をした。近くのスーパーで化学雑巾を買ってきて、流しの引き出しや、戸棚を拭いた。秀夫が住む以前からの汚れが束になって雑巾に吸い寄せられた。サッシ窓に洗剤をつけて洗う。内側と外側でこんなにも汚れ方が違うのかと驚いた。
 朝から午後三時ごろまで部屋の掃除をしていたら、服もからだも汗ばんだ。洗濯機を回して、風呂を沸かし、まだ日のあるうちに入浴を済ませた。入浴をしているときに、玄関の扉を叩く音がしたので、通路に面している風呂場の窓を開けたら、若い女性が「ご印鑑を新しくしませんか」という。
 「あの、いま、こういう状態ですから」と、裸のまま言ったら、女性は初めて顔を上げ、状況を飲み込み、赤面して「失礼しました」と小走りに帰って行った。
 あんなふうに断ってしまって、俺って変態だろうか。
 秀夫は少し困惑したが、掃除の疲れを入浴しながらいやしていくうちに、そんなことはどうでもよくなった。連休をごろごろ過ごそうと思ったのに、きょうは働いたなぁ。あしたこそは、本当に寝て過ごすぞ。風呂桶の中で首を左右に振る。そのたびに、頚椎がコキコキと鳴った。

 夕方になって、冷蔵庫の中を見たら、ビールと生卵しかないことに気づいた。流しのとなりの米びつを見たら、米も少なくなっている。
 外食するか。いや高くつく。買い物に行くか。財布を探した。入浴後のからだのほてりを取るために、Tシャツとジーンズという薄着だった。もう一枚羽織るかなと思ったとき、トントンと玄関の扉が鳴った。
「もう、印鑑はいらないですよ」。さっきのセールスが、入浴が終わった頃を見計らって来たのだ。そう思った。
 しかし、扉の向こうからは声がしない。代わりに、もう一度、トントンとドアが叩かれた。
「だから、印鑑はいらないって言ってるのに」、さっきよりも声が大きくなる。
 「印鑑じゃないよ」
 どこかで聞いた声だった。それも、かなり昔に聞いた声だった。秀夫はあわてて鍵を外して、ドアを開けた。通路に、同い年の女性が立っていた。
 髪はストレートのショートヘア。目はぱっちりとしていて唇は薄い。化粧っけはなく、淡いピンクのワンピースを着ていた。あごがとがった鼻筋の通った細面の顔。記憶が鮮明によみがえる。肩からポーチを提げている。
「酒田」じゃんは言葉につまった。
「なかに入れよ」
 酒田三重は、黙って部屋に入った。奥の和室に通した。小学校と中学校の同級生だった酒田とは、中学卒業後は会っていない。だから、かれこれ7年ぶりの再会だ。当時の秀夫にとって、酒田は初恋のひとだった。気になる存在だから、わざと好きな素振りができずに口調がつっけんどんになり、いつもケンカをしていた。それでも、気になるから、よく話をしたり、相談に乗ったりした。それが初恋だったと自分で認めたのは、高校に入って野球部の仲間で初恋体験の告白会をしたときだった。だから、自分の気持ちを酒田に伝えたことはない。それでも、年賀状のやりとりだけは続いた。

6281.10/23/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-4

「ひたすら、寝まくった連休でした」
「なんだ、どこにも行かなかったの」
「そんな元気、ないですよ」
「若いのに、いかんな。そんなんじゃ。彼女とデートとかしなかったわけ」
「だから、前から何度も言ってますけど、デートできる相手がいれば寝て過ごすことなんてしないでしょ」
 加山には4月の一ヶ月間で何度も彼女はいないのか、いないならいいひとを紹介する、となりの畑の長女でさぁ、港の料理屋の娘もいるよという話をしてきた。仕事を始めたばかりの秀夫に、恋愛や結婚を考える余裕はなかった。でも、デートをする相手ぐらいはいてもいいかなと思わないでもなかった。ただし、加山の紹介したひとは避けようと決めていた。付き合いだしたら、きっと加山もついてくるに違いないからだ。

 新聞を読み終えた加山はこたつから出て、ふわーっとあくびをしながら、全身を伸ばした。
「もう、乾いていたから、取り込んでおいたよ」
「ありがとうございます」
ポットの湯を急須に入れ、加山と自分のお茶を用意していた秀夫は礼を言う。
 学校で着る服や体操着は、ここの洗濯機で洗濯して、用務員室の窓際に干していた。朝、出勤したときにそれを取り込み、ロッカーに運ぶ。でも、時々加山が取り込んでくれて、ロッカーに収納してくれていた。ロッカーには鍵がかかっていて、開けられないはずなのだが、用務員の加山はどんな鍵も開けるマスターキーを持っているので、他人のロッカーを開けることなど簡単にできた。
 簡単にできるが、ロッカーのなかにはそれぞれの私物が入っているので、やっていいこととやってはいけないことと聞かれたら、それは「やってはいけないこと」が正解だろう。しかし、新卒の秀夫には、加山を説得できる立場ではなかった。厚意をありがたく受け止め、ロッカーに、加山に見られてまずいものは入れないように気をつけるしかなかった。
 秀夫はお茶を飲み、ロッカーに向かう。扉を開けると、ハンガーに長袖のTシャツが3枚と、作業ズボン、運動着がかかっていた。どれも完璧に乾いている。
 プライバシーがない環境だけど、ここまで面倒を見てくれる加山に象徴される葉山のひとたちの人間の濃さは、じょうずに付き合えばありがたいことなのだろうと思うようにしていた。
 着替えながら、さっきはデートをする相手がいないと答えたけど、こどもの日の夜に酒田三重がアパートを訪ねてきたことを思い出した。あれは、デートと言えたのだろうか。いや、そんなはずはない。ショートカットの三重の寂しそうな横顔と、「わたし、来月、結婚する」と言われたときのこころの揺れを思い出したら、肋骨と肋骨の間がキュンと痛くなった。

6280.10/21/2009
湘南に抱かれて-1985年春- story 2章-3

 秀夫は、校長の机に置いてある出勤簿を開いた。そのなかから、自分のページを探す。出勤すべき日にちが一ヶ月ごとに示されていて、出勤したら印鑑を押す。出勤時間は8時半と決まっていて、帰る時間も4時15分と決まっているので、タイムカードはない。出勤簿のとなりに、印鑑を入れた木箱がある。そのなかから、戸崎と書かれた印鑑を取り出して、朱肉をつけて押印した。
 よのなかでは、フレックスタイムという労働管理が民間企業で進んでいるとニュースでやっていた。
 自分で出勤時間を決められる便利な制度だそうだ。労働時間は決まっているので、遅く出勤したら、帰る時間が遅くなるのだろう。でも、秀夫みたいに早く出勤したら、帰ることも早くできるのであれば、学校にも導入してほしいと思った。
 8時半が出勤時間だから、7時半に出勤しても、給料は出ない。特別な手当てもない。だから、8時半ぎりぎりに出勤するひとが多い。しかし、電車を使っている秀夫は、ラッシュで他人とおしくら饅頭をしてまで、出勤したくはなかった。だから、ほかのひとよりも1時間程度早く出勤するようにしていた。

 荷物を机上に置いて、廊下の外れにある用務員室に向かう。
「おはようございます」
扉を開けて、なかにいる加山に挨拶をする。
 最初、加山という名前を聞いたとき、茅ヶ崎の加山雄三を思い浮かべたが、本人に聞いたらまったく縁がないとのことだった。苗字が同じだけで、みんな有名人と関係あるとは限らないんだなと思った。でも、きっと茅ヶ崎出身の桑田ですというひとに今後出会ったら、やはりサザンと関係ありますかって聞いてしまうかもしれない。

 用務員は、学校の営繕や修理をおもな仕事としているが、実際には業者との連絡調整や廃棄物の処理など、学校という建物と、そこで学び、そこで働くひとたちが円滑な日常を送れるように、すべてのことを担当している。だから、ひとつの学校に長く勤務することが多い。以前は、敷地内に家屋があり、家族で住んでいたほどだ。だから、3年から4年で異動していく校長や教頭よりも、ずっと学校のことに詳しかった。
 長田小学校の用務員室は、かつて宿直室として使われていた部屋だ。だから、生活するのに必要なものが各種そろっている。加山は、そこを根城にして仕事をしている。三浦に広大な農地をもち、野菜を育てながら、兼業で用務員をしていた。ふだん畑は、奥さんや兄弟が耕していたが、収穫や耕作の時期になると、平日でも学校を休んで畑仕事を優先すると言っていた。
 用務員室のなかに入る。手前は4畳半ぐらいの広さで、流しとガスレンジ、テーブルと椅子、冷蔵庫と洗濯機がある。奥は一段高くなっていて、靴を脱いで上がる和室になっていた。なぜか一年中こたつがあり、洋服ダンス、押入れ、テレビがあった。秀夫のアパートよりも、ずっと品物がそろっている。
「秀夫くん、元気だった」
奥のこたつに入って新聞を読んでいた加山は、老眼鏡を外して微笑んだ。おそらく50歳は越えているだろう。加山は、身長が高く、痩せ型で、指や手の甲は農作業のせいか、皺がとても多かった。禿げるタイプではないらしく、薄くなってはいても白髪まじりの髪の毛には、毎朝くしを入れているようだ。