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教育を政治の道具にしないために 2000.11.15

 わたしは公立小学校ではたらく教員です。勤め始めてかれこれ16年になります。これまでの教員生活で、現在のマスコミなどで言われているような「教育問題」のほとんどすべてを経験してきました。
 だから一概に「子どもはすばらしい」とは思っていません。
 いじわるな子どももいますし、卑怯な子どももいます。嘘吐きな子どももいますし、陰湿な子どももいます。でも、だからといってこの仕事をわたしは嫌いにはなりません。それは「人はいろいろな生き方をして」「いろいろな考えがあって」「結果としていろいろな今を生きている」ということが日々実感できるからです。
 みんながみんな「やさしい子ども」だったら気持ち悪いでしょう。みんながみんな「指示に従う子ども」だったら息苦しいでしょう。
 ところが残念ながら、教員をやっていると大勢の集団をいかに効率よく確実に管理するかということに意欲を燃やす人たちがいることに気づきます。こういった人たちは「すばらしい教員」「力量のある教員」として一部から認められている場合もあるので、とてもやっかいです。
 この人たちは自分の価値観を日々子どもたちに強制し、これに従わないという選択肢を用意していません。「道徳教育の徹底」とだれかが言っていますが、そんなことをしたら学校に行くのをやめる子どもたちは激増することでしょう。「あなたにだけは道徳的なことを言われたくない」と。

 奉仕活動の義務化は似たような危険性をわたしに予感させています。
 「結果としていろいろな今を生きている子どもたち」をわたしは決してすばらしい存在だとは思っていません。あえて言葉を探すとしたら、わたしにとって子どもたちはいろいろな環境の中でよくも必死に生きている「いとおしい」存在です。
 その「いとおしい」子どもたちに、人助けの義務化を推進することなど、とうていわたしにはできません。そしておそらく「人助け」と思っているのは、こういうことを推進したい教育行政の人たちだけで、実際にこれらが行なわれた場合、「迷惑」にしかならないことは目に見えているのです。たまに大勢の子どもたちがガヤガヤいいながらやってきて、ごみ拾いをしたり、福祉施設で介助の真似事をしても、喜ぶのは「うちの学校ではちゃんと奉仕活動をやっています」と既成事実を残せた管理職ばかりで、子どもも教員も奉仕の仲介をしてくださった方も対象になった方々も、必ず疲れるばかりでしょう。
 教育の名のもとに、なんでもかんでも許されるような美学を断行してはいけないと思います。むしろ今の学校で解決困難な「いじめ」「授業の不成立」「もの隠し」「仲間はずれ」「保健室登校」「中途退学」「不登校」「暴力」などに対して真正面から取り組んでいけるような抜本的な改革が求められているのではないかと思います。

 もしも「今の子どもたちは困っている人たちに手を貸すこともできない」と嘆くのであれば、まずそのような子どもたちがたくさんいる社会にしてしまった大人たちが反省するべきです。
 「今の子どもたちは指示待ちばかりで独創性がない」と嘆く教員を目にすることがありますが、これなどまさにそれで「そんな子どもたちになるように今の学校制度はできているんだよ」とわたしは教えてあげます。

 わたしはボランタリーなコミュニティを創造したいと考えています。
 そのためには「無償の奉仕」という、ちょっと引けてしまうような「奉仕観」にはおさらばして、エコマネーのような交換システムを導入できればと思っています。そのために「学校」が核としての機能を発揮することが認められるのであれば、一つの選択肢としてさまざまな奉仕活動が存在することを否定はしません。その代わり、そうなった場合は「奉仕する」のは子どもだけでなく、教員も、地域の大人もすべての人たちが対象になります。そしてそれらはだれにも強制するものではなく、それぞれがこれを自分がやりたい・これならば自分にはできるかもしれないと選択していくものになればと願っています。

 はじめに触れたように子どもたちはいろいろな今を背負っています。
 わたしが出会う「今」は職業柄「家庭の今」がどうしても多いのですが、これは子ども個人の力ではどうにもならないのが現実です。親を正すことができる小学生などそうざらにはいないでしょう。多くは「期待を予想して」「困難な現在を引きうけて」いるのです。
 そういった子どもたちの集まりの場である「今の学校」に、これ以上、政治の都合で問題を増長させるような政策を実施するのだけはやめてほしいと思います。

 管理すること、従属させること。指導者にとって集団を導くのにこの二つは合理的な魔の手ですが、教育の場ではこれ以上は耐えられないと子どもたちから悲鳴が上がっています。
この文章は「らびっと通信272」(アリスセンター)に掲載されました。

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