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レッツ(2013.8.17)

 通貨というものは、世界的に金・銀・銅などそのものが価値のある金属を使っていた。ものやサービスと通貨を均一の価値として信頼し、交換する。
 目の前にあるワイン一本と銀貨2枚が「等しい価値」と信頼しあうから、交換できる。
「銀貨1枚に負けてくれよ」
「やだよ、本当は金貨1枚、ほしいくらいだ」
 こういうやり取りはあったとしても、最終的に気持ちの落としどころで合意する。
 貨幣経済の誕生だ。
 もちろん、それ以前の経済は物々交換が主流だった。物々交換も、なかみをよく調べると「等しい価値」で交換していたことがわかる。
 干した鮑と干した鮑の交換はしない。
「この干した鮑と、お前さんのもっている干した昆布3枚と交換しないか」
「バカ言っちゃいけない。昆布2枚とならいいよ」
「仕方ない、じゃぁ昆布2枚と交換だ」
 ここにも取り引きはある。
 これに対して、兌換(だかん)紙幣(しへい)という考え方が流通するようになったのはずっと近代になってからだ。
 紙切れが、金銀銅などの通貨と同じ価値をもつという考え方だ。
 いつも腰の皮袋にジャラジャラと通貨を持ち歩くのは大変なことだ。だから、紙幣が通貨の代わりになるという考え方でものともの、サービスなどを流通させるようになった。
 兌換というのは「交換が可能」という意味だ。
 日本の札をよく見てほしい。必ず「日本銀行券」と書いてある。
 日本銀行が責任をもって、これらを通貨と交換しますという意味だ。実際には、日本銀行からお金を借りている全国の金融機関の窓口で、わたしたちは「お札」を通貨や金に換えることができるのだ。
 江戸時代までの時代劇を思い出してほしい。
 小判は登場するが、紙幣は登場しない。
 日本経済で、紙幣が流通するようになるのは、ヨーロッパの文化を取り入れた19世紀後半以降なのだ。
 この「日本銀行券」が果たす役割はとても大きい。いまわたしたちは、紙幣をわざわざ通貨や金に交換しない。紙幣は紙幣のままで使っている。一万円札を出して、五千円札や千円札のお釣りをもらっても違和感はない。それだけ、日本銀行券を信用しているのだ。お札を作る原材料費は10円もかからないというのに。


 日本中に藩と呼ばれる「小さな権力構造」が跋扈していた時代は終わった。
 いまは「日本国政府」という単一の権力構造が、日本列島に住むひとたちを支配している。
 支配階級は、普通選挙と呼ばれる一見「民主的な方法」で選ばれた議員と呼ばれるひとたちのなかから決まる。
 日本銀行券は、日本銀行が発行するが、よのなかにどれだけのお金を流通させるかは、政府が強く関与している。日本銀行の総裁に関する人事に政府が影響を与えているからだ。
 つまり、国政与党の意思で、このクニのお金の量や、どこに重点的に使うかが決められる仕組みなのだ。
 国政与党が「真に国民のために経済を発展させた」経験がない日本社会では、多くのひとが、政治家は自分と自分を支援する大企業や組織のために利益が得られるようにしているとわかっている。
 つまり日本銀行が発行する日本銀行券は、議員や議員に群がる大企業や組織の元に「吸い寄せられる」ようになっているのだ。
 自民党をぶっ壊せ。
 郵政民有化。
 痛みをわかちあう改革断行。
 威勢のいいことばかりを並べて、大衆迎合主義の権化となった小泉元首相と竹中教授は、ついに外国資本(おもにアメリカ資本)にまで、日本銀行券を流出させる仕組みを使った。規制緩和とは、日本国内で流通するように枠組みを決めていた日本銀行券を、どんどん外国へ流出できるように作り変えた仕組みだったのだ。
 トイザラス、コストコ、ウォールマート、ワールドベースボールクラシック、安くなった外車、マイクロソフト、アップル、フェイスブック、マクドナルド……。
 日本人が払う日本銀行券が、どんどん外国へ出て行く窓口企業はきりがなくなった。
 この「発展の果て」に何があるか。
 疲弊する地域経済が残る。
 夕方に親に駄賃をもらってコロッケをおやつ代わりに買いに行った近所の肉屋。親父が自転車の荷台にくくりつけた大きな木箱から豆腐や油揚げを売りに来た夕方の町。その日の分しか仕入れない頑固親父の魚屋。髭剃りからシャンプーまで料金のうちに入っている昔ながらの床屋。
 地域の商店や小売業が、値段の安さで太刀打ちできなくなり、廃業していくのだ。
 皮肉にも、そんな地域の再生を願って、地域住民が独自の通貨システムを運用したのは、アメリカが最初だった。
 大企業が小さな町に進出してきた。その店でものを買わない。昔から町にある店でものを買う。しかし、それでは値段が高い。そこで、その地域内でしか流通しない通貨を作った。
 これをローカル(地域)エクスチェンジ(交換・両替)トレーディング(貿易・取り引き)システム(仕組み)と呼ぶ。
 その頭文字をつなぎあわせるとLETSとなり、レッツと読めるのだ。


 日本ではレッツを「地域通貨運動」と呼んだり「地域通貨」と呼んだりしている。
 すでに全国の多くの地域で流通している。
 アメリカで発祥した背景には、大規模小売業に対する地域小経済の抵抗というニュアンスがある。しかし、日本では地方自治体が率先して取り組んでいるところがあり、地域復興とか、地域再生という意味が付加されているところもある。
 藤沢や鎌倉を中心として展開する「湘南レッツ」は、地方自治体とは無縁だ。
 関係者は、こてこての民間人ばかりだ。
 わたしは湘南レッツ創設の頃に多少かかわったが、それ以降、数年間まったく足を運ばなかった。忙しさにかまけていた。
 それが2012年11月の定例会に久しぶりに参加して、多くの新しいメンバーに出会った。12月の定例会では、創設の頃に顔をあわせていた懐かしいメンバーにも再会できた。
 何よりも驚いたのは活動が多様化しつつあったことだ。
 当初は、畑を借りて無農薬野菜を作り、それを湘南券で売る。高齢の方が買い物などで不便があるときに、買い物を代行して湘南券を受け取る。そういうとてもローカルな活動をしていたのだ。
 久しぶりに参加した。
 畑は季節の野菜を大収穫するまでに「技・知見・土」などを育てあげ、八百屋も真っ青の生産をあげていた。
 教育班とやらは、家庭教師をしたり、養護施設に行って学習指導をしたり、書道を教えたりしていた。12月の定例会にはそこからこどもも参加していた。わたしはギターのピックを渡して、即席に演奏を手助けした。
 音楽班は、ギターとバイオリンなどを使って老人ホームに演奏会に参加している。レパートリーがとても古いので、わたしは懐かしくていいが、若いひとは「よく知っているなぁ」と感心した。
 湘南券は、何枚もっていても利息は生まれない。お金がお金を生むシステムは、金融という生産性のない見えない経済を作ってしまった。その反省から、レッツではどんなに湘南券をもっていても長者にはなれないのだ。つまり、使わなければ何の役にも立たないのがレッツなのだ。
 湘南レッツのひとたちはそれを「お互い様の仕組み」と呼んでいる。お一人様で引きこもっていては、湘南券は入手できないし、使うこともできない。  いま湘南レッツは顔のわかる100人メンバー確率へ向けて、大きな局面を迎えているという。100人のメンバーがいれば、そのなかで湘南券を流通することで、小経済が動くという考えだ。


 2012年12月30日。
 年の暮れが押し迫ったとき、湘南レッツのHさんから電話があった。
 このひとから電話があると、たいがいは何かを頼まれる。
「ほら、いつも定例会で使っている食堂のトイレ、お前さんも知ってんだろ」
 その食堂は、鎌倉の常盤(ときわ)というところにある。以前、わたしたちは湘南に新しい公立学校を創り出す会のフリースクール「湘南小学校」を、その食堂の2階で開校していた。だから、とても縁がある食堂だ。
 もちろん、食堂のとなりにある駐車場の一角のトイレも知っている。
 鎌倉でも最近はめずらしくなった「汲み取り式」のトイレだ。いわゆる「ぼっとん」便所。
 トイレを覆うのは、鎌倉味噌という味噌屋が使っていた味噌樽だ。やや狭いので、和式トイレに座ると、からだが傾いてしまう。照明は小さな豆電球で、昼間でも薄暗い。鍵は昔ながらのL字型のつっかけなので、弾みで外れる可能性がある。
「あー、よく知ってるよ」
「こないだの定例会のときに、こどもが来ていただろ。あの子が使おうと思ったら、怖がっちゃってさ」
 そりゃ、そうだろうなぁ。
「そんでもって、この際だから、レッツのメンバーに大工さんがいるから、トイレをなおすことにしたのよ」
 湘南レッツには初期の頃から大工さんがいた。湘南小学校もずいぶん彼に手直ししていただいた。
 Hさんによると、和式トイレに洋式みたいに座れる部分を取り付けるという。さらに電気屋もメンバーにいるので照明を明るいものに交換する。ドアの鍵もきっちり頑丈なものを付け直すそうだ。
「そこでだ、お前さんに頼みっちゅうのは、ドアにつけるトイレでも便所でもいいから、看板みたいなものを作ってほしいわけよ」
 あしたは大晦日。こんな年末が押し迫ったときに頼みごととは。
「わかったよ、いつまでに作ればいいのかな」
「1月の定例会のときに新しいトイレのお披露目をするから、できればそれまでに頼みたい」
 1月の定例会は13日だ。
 どう考えても年末年始の休みのときに作業をしないとわたしには時間がない。
 そういうわけで、わたしは紅白歌合戦を見ながら、実業団駅伝を見ながら、箱根駅伝を見ながら、ずっと彫刻刀を手にして杉の板を彫ることになった。
 地域通貨運動は楽ではないのだ。


この文章はway6883.1/7/2013-6886.1/13/2013で紹介しました。

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