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第182回定例会 2013.6.22(土) 藤沢市市民活動推進センター 参加者:4人

経過と予定

5月25日(土)第181回定例会 9:30から市民活動推進センターで
6月22日(土)第182回定例会 9:30から市民活動推進センターで
7月20日(土)第183回定例会 9:30から市民活動推進センターで
9月28日(土)第184回定例会 9:30から市民活動推進センターで
10月26日(土)第185回定例会 9:30から市民活動推進センターで

2013年度の会報

発行月と担当者は次の通りです。

6月:山崎・増田 9月:小坂・兵藤 12月:十時・佐々木 3月:池田

2013年度の会員手続きが始まっています。
6月の会報からは新年度の手続きをした方に会報を送ります。
会員更新の手続きは、従来どおり、年間3000円の会費納入のみです。

湘南より、教育提言を

_/_/大津市立中学校におけるいじめに関する第三者調査委員会の調査報告書より(4)_/_/

p.14-p.15より抜粋

3 文化祭
(9月28日開催)前

(1)当該クラス前の廊下で、A、B、C、あと2人が固まっていて、Cが厳しい表情でAを拳で顔を一発殴り、その後、CがAを倒し、起き上がろうとしたところを、上靴のまま顔を踏みつけ、その勢いでAは頭を廊下に打ち付けメガネが飛んだ。その後、Aは泣いていた。後からCに「あれ、やばない。」と声をかけた生徒に対して、Cは「大丈夫あれ遊びやし。」と言った。次の授業の際、Aの右首辺りが赤くなっていたので、担当の教員が「首どうしたの?」と開いた際、Aは、「■■にやられた。」と嘘をついた。

(2)この頃、Cが、仰向けになっているAの上にまたぐように乗り、これに対しAは抵抗せず寝ころび、苦しそうな表情をしていたことがあった。

(3)この頃から、Dが教室に物を置いて「俺も行こう。」と言って当該クラスの前に行くようなった。この頃、Dが笑いながら1回、前からAを蹴ったことがあった。また、Cは笑いながらAを何度も殴っていた。Aは「やめてよ。」と言っていたが、笑っているように見えた。

(4)この頃のある日の5時限が始まる昼休みの終わりに、教室の後ろで、BがAの顔を手拳で殴っていた。CはBの後ろに立ってこれを見ていた。Bは何回も顔ばかり集中的に拳で殴った。殴っていた部位は、Aのメガネの周りやほほの辺りであった。この時、BもCも笑っていた。AがBにやり返そうとするが、反撃する勢いはな<、Aがやり返すとBが更に力を強くして何回も殴っていた。

(5)この頃のある日の数学の授業の終わり頃、Aの前に座っていたCが後ろを振り向いたときにAの顔にペンが当たりラインがついた。Aは教員に「トイレに行っていいですか。」と許可を求めたのに対し、教員はだめだと言ったがAはこれを無視して洗いに行った。授業が終わり、BはCに「猫のひげみたいにしたらおもろいなあ。」と言った。Cは「やったろうか。」と言って、BがAの上に馬乗りになり、CがAの手と肩を押さえ、CがAの顔に2、3本ひげ様の線を書いた。このとき担任が「やめなさい。」と3、4回注意したにも関わらず、やめなかったことから、担任は、CをAから離し、Bを押さえつけて止めさせた。その後、Aはトイレに行った。

(6)この頃にも、プロレスごっこのようなことは常にやっていた。 BがAの首を締めたり、BがAの上に乗ってヘッドロックをしていた。

(7)この頃、トイレの中で、Bが横からAの腰のあたりを蹴り、Aがよろけたところ、AがBを殴ったことがあった。Cはトイレの奥の窓の前でこの二人を見ていた。Cの両サイドにあと何人かいた。その後、AとBがトイレから出てきたが、その時にAが涙を流して泣いていた。Bは半泣きの状態だった。

(8)この頃の休み時間に、Aがメガネを取られていたことがしばしばあった。

(9)この頃、Cが、Aの頭に消しゴムの消しカスをかけたり、配布されたプリントをまるめてAの口に入れるようなことがあった。その際、他の生徒は「やりすぎちゃう。」、 「止めときや。」などと声をかけることがあったが、やまなかった。

(10)9月25日、Aは、■■に泊まっていたところ、その日の朝、■■の作った朝食を取っていた際、突然涙を流しながら「こんなおいしい朝ご飯を食べたことはない。」と何度も何度も言った。Aは、食事が終わり、■■と一緒にソファーに座っていた際、突然■■の首に前から抱きつき、泣きじゃくりながら「暗くて静かな山の中に行って死にたいねん。」と言った。■■は突然のことであったが、Aの様子がおかしかったので「つらいことがあったのか。」と聴いたところ、Aは何も話さなかった。そこで、■■は「家でつらいことがあったのか?」と聴くと首を横に振り、「学校?」と聴くと首を縦に振った。さらに「学校でどんなことがあったの?」と聴いたが、Aは、一切話さなかった。■■は、「そんなにつらかったら学校は行かないでもいい。おとうさん、おかあさんに頼んであげてもいい。」と言った。

(11)その日の夜、■■は、家に帰宅したAと改めて電話で話をし、最後に我慢できな<なったら■■に連絡して欲しい。その時は一緒に暗い山の中でも何処でも行くからと話した。その後、Aは、午後11時頃、家を出て、近くのマンション内のソファーで一夜を明かした。



Aは自分の苦しみを家族も教員も理解できないと決めていたのだろうか。
 9月25日に初めて、死にたいほどの苦しみを■■に打ち明けている。
 そして、報道でも明らかになる「文化祭(28日)」と「体育祭(29日)」を迎える。
 Aがマンションの14階から飛び降りて自殺するのは、10月11日。


報告書からの引用は、佐々木の判断で抜粋しています。

新しい湘南憧学校


NPO法人 湘南に新しい公立学校を創り出す会
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